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 その大河内は当たり前のように石動の隣に腰を下ろすと、さっそく店のマスターにウイスキーのシングルを求めた。  新宿という不夜城の只中にありながら、街の喧騒とは無縁の落ち着いたこのバーに、石動はもう三年近く通っている。十席ほどのカウンター席しかない店内をちらほらと埋める客は大河内を除けばすべて常連で、というより、こんな奥まった場所にある店にふらりと立ち寄る一見など皆無と言ってもよく、皆、誰かしら知り合いに案内されてこの都会の魔窟を訪れる。おそらくは大河内もその口だろう。が、だとすれば今回が初めての来店ではないはずで、これまで鉢合わなかったことも皮肉なら、よりにもよってこんな夜に初めて鉢合ってしまうのもまた皮肉だった。 「久しぶりだな。十年ぶりぐらいか?」 「だな。高校の卒業式以来か」 「そんなに経つのかぁ」  やがて大河内の目の前にウイスキーグラスが運ばれてくる。宝石のように美しい氷が、琥珀色の液体にゆるりと浮かんでいる。それを大河内は無造作に手に取ると、石動が手元で弄ぶウイスキーグラスにそっとかち当てた。  バカラ製の水晶グラスが、チン、と澄んだ音を立てる。 「一応、再会を祝して」 「乾杯ってか? 柄でもねぇ」 「そう言うなよ。俺だってそういつまでもガキじゃないんだ」  そして大河内は、そのままグラスを口に運ぶ。ネクタイできっちりと締め上げた襟から大きく張り出した喉仏。それが、ウイスキーの嚥下に合わせてこくっと小さく上下するのを石動は横目でさりげなく見守る。  確かに、ガキではないのだろう。今のこの男が纏うのは紛れもなく大人の色香だ。
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