追想のラビリンス

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とにかく歩いてみよう… そう思ったのは、じっとしていると不安が大きくなってきたから。 僕は方向さえ分からない道をただ歩き始めた。 まさに、今の僕は迷路に迷い込んでしまったのだ。 柵も何もない薄気味の悪い迷路に… 空はだんだんと暗くなっていく。 そのことが、僕の心をさらに心細くさせた。 (……父さん……) 一番星の小さな光を見た時、僕は父さんのことを思い出していた。 目を吊り上げて僕を家から追い出した時の顔… そして、亡くなった時のとても穏やかなあの顔を… (父さん…やっぱり僕は今でもあなたを信頼してるんだね…) 頭の中に、あの頃のことがまざまざとよみがえった。 まだ若かったあの頃… 僕は役者を目指していた。 大学をやめて劇団に入ると言ったら、父さんは烈火のごとく怒り始めた。 そして、大学をやめるなら家を出て行けと僕に詰め寄った。 家を出て、二度と帰って来るなと… 僕は、その言葉をこれ幸いと感じただけだった。 若さゆえの情熱が、分別を忘れさせたのだ。 小さな鞄に身の周りのものだけ詰めて、僕は家族を捨て外へ飛び出した。 迷いなど少しもなかった。 眩い夢だけが僕の心を支配していた。 友達の家に転がり込んで、僕はそこの居候となった。。 劇団に通うため、バイトに明け暮れた。 毎日の稽古とバイトでくたくたに疲れ、僕は家族を思い出すことさえなかった。 苦しい日々を過ごすうちに、やがて、友人の家を出て一人暮らしをするようになった。 ほんの小さな役だけれど、役者としての仕事もするようになった。 そんな頃、僕はようやく家族のことを思い出した。 思い出したら、今までずっと心の奥底に封じ込めていた様々な感情が噴き出し、僕は家に電話をかけていた。 出たのは幸い母さんで、その声を聞いたら涙がこみ上げた。 ほんの短い会話だったけど、懐かしくて温かくて… 僕はすぐにでも家に帰りたい衝動にかられた。
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