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だけど、そんなことが許されるはずがない。
僕は家を出た身だ。
夢と引き換えに、大切な家族を捨てたんだ。
そんな僕が家に戻れる筈がない。
僕にだってそのくらいの事はわかってる…
わかっていても、僕の心は家族を求めた。
肉親の温もりを欲した。
そんな気持ちを懸命に抑え込んで、僕は芝居に打ち込んだ。
がむしゃらに打ち込んだ。
けれど、僕がもらえるのは相変わらず役名もないような、小さな役ばかり…
ほんのわずかの台詞に命を込めて、僕は演技をした。
気が付けば、僕が家を飛び出してからもう十年の時が流れていた。
十年も経ったのに、僕はまだ薄暗いところで小さな役にしがみついている…
(僕には、芝居の才能がないんだ…)
そんなこと、ずっと前からわかってた事かもしれない。
なのに、僕はその現実を見ないふりしてキラキラ輝く夢を追っていた。
大切な家族を捨ててまで……
涙が溢れて止まらなかった…
そんなある日のこと…
父さんが危ないという報せが舞い込んだ。
信じられない想いで、僕は懐かしい我が家を訪ねた。
「父さん……」
「伸彦……」
父さんは僕の知ってる父さんではなかった。
痩せてやつれて何十年も年を取って、まるで別人のようだった。
その父が、枯れ枝のような腕を差し伸ばし、僕の名を呼んだ。
とても穏やかな顔をして…
そしてそれが、僕らの別離となった。
*
「えっ!父さんがそんなことを…!?」
父さんが亡くなり、慌ただしく過ぎていく日々の中で、僕は母さんから思いがけないことを聞かされた。
父さんが、僕のことをずっと応援していたということを…
「そ、そんなの…嘘だ…」
「嘘じゃないわ。
あんたが出た舞台はいつも見に行ってたのよ。
何枚もチケットを買って、息子が出るんだってお友達に配ってね…」
とても信じられない話だった。
「だ、だけど、父さんは僕を勘当して…」
「それは、あんたが志半ばで夢を諦めないようにと、わざと冷たい態度を取ったんだよ。」
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