能面

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 彼女がお面をつけて踊る姿に目を奪われる。今の若者にはなじみがないような曲調に合わせて滑る彼女の姿に僕は目が離せない。あたかも舞台は氷上であるかのように彼女は滑る。姿勢は崩れることがなく、指先まで美しい。彼女のそんな姿をまじかで見られる僕はなんて幸福なのだろう。  しかし、そんな僕はあるパンドラの箱を開けたい。それのパンドラの箱の中身は彼女の顔を見てみたいという、あってはならないものだ。ただ彼女の顔を見たいというわけではない。サイトをみれば彼女の顔など一目瞭然だ。そんな顔ではない。僕が見たいのは舞っている彼女の顔だ。あのお面の中に秘められた、舞っている間のみ拝むことができる顔。僕はその顔が見たい。  そんな顔をしているのだろうか。齢十六歳で「新星」と呼ばれている彼女は想像を絶するような稽古を積んできたはずだ。そんな彼女は舞うことが好きなのだろうか。好きならばお面の中の顔は笑顔なのだろうか。それとも辛い稽古をたくさんしたために舞うことが嫌いになって苦痛に満ちた顔をしているのだろうか。はたまた集中した顔をしているのだろうか。僕には知る由もない。でも僕はその彼女の顔が見たい。  能のお面というのは室町時代から使われているものも多く、大事に扱わなければならないものとなる。仮に演者が舞台から落ちてしまった場合にまず最初に確認されるのは能面が割れていないかの確認だそうだ。演者の安否は二の次らしい。そんなお面をつけながら舞うなど僕には荷が重すぎてできない。それに面をつけると視界が一気に狭くなる。だから舞台から落ちるということが起きる。  話が逸れてしまったが、少なくとも小生のようなものには遠く理解できなかったものを彼女は身近にあるものなんだと教えてくれた。だからこそ僕はどうしても秘められたお面の中の中が見たかった。
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