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「うん?」
「これは、その……ほっとしたから」
ずっとこのままの姿だったらどうしようと思った。誰にも相談できなくて、ここから出られなくて、時間ばかりが過ぎていく。確かに不安でどうにかなりそうだった。
でも恭治が来てくれた。
知っている顔を見たら安心して、涙腺が緩んでしまったのだ。
恭治は何も言わず、ただ背中をさすって、深呼吸を繰り返す蜜を抱きしめた。
酸素を吸い込む度、恭治のにおいがする。ちょっとだけ頭をもたれかかると、恭治の心臓の音が聞こえた。
とくんとくんと落ち着いた規則的な音。
それが速いのか標準的なのかは判断できない。でも、聞いていると安心する。
「……なんで早く連絡しねえかな」
「ううん」
ふと、頭上から不満そうな声がするから蜜は小さく唸った。
「なんかあったら電話しろって、さっき電話番号渡したばっかだろ」
「だって、恭治くんが」
「俺が?」
「……これ以上面倒は抱えきれないって」
蚊の鳴くような声で反論する。
蜜だって、恭治に連絡することを思いつかなかったわけではない。でもすぐに昼に言われた言葉を思い出してしまったのだ。「面倒なやつら相手にしてんだから、これ以上は抱えきれねえ」と。今の自分は間違いなく面倒で、しかも学校外でのことなんて明らかに時間外労働だ。プライベートを大切にする恭治が、最も嫌っている類いの行為だと思った。
それにできれば、自分のことだから蜜は一人で解決したかった。結局、泣いて呼びつけてしまったわけだけれど。
「……ああー……」
しばしの沈黙の後、恭治から出てきたのはため息にも似た音だった。
「悪かったよ。そんなつもりじゃなかった。あー……いつでも俺に電話していいし、頼っていい」
ほとほと困り果てた様子でそんなことを言うから、つい笑ってしまう。
「ふふ……それ、彼氏が彼女に言う台詞みたいじゃん」
「他になんて言うんだよ。……でも本当に、お前一人くらい見てやれるよ、一応センセイだからな。それに、お前に何かあったら健悟に殺される」
真面目な調子でそう告げる。
「落ち着いたか?」
「うん、ごめん」
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