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ようやく蜜の呼吸が戻ると、恭治はゆっくりと腕を解いた。それから、首を傾げて笑う。
「なんだよ。戻ったじゃん」
「え? あ、ほんとだ」
一人のときはあんな頑なに存在していたのに、恭治が来たらあっさり元の耳に戻っている。ほっとするけれど、なんとなく納得がいかない。
(今回はキスされたわけでもないのに……)
自然とそう頭に浮かんで、はっとする。
流されていたけれど、蜜のファーストキスは恭治に奪われたのだ。男だし、「初めては好きな人と」なんて理想があったわけでもないけれど、思い出すとちょっと気まずい。
「ん? なんだよ」
恭治はそんなこともうなかったかのように平然としている。
別にどきまぎしてほしいわけじゃないけれど、同性の、十歳下の、しかも生徒とキスしたことについてもう少しリアクションがあってもいいんじゃないだろうか。
(それとも、いつものことなのか?)
何の変化も見られない面白くなさでついついそんなことまで考えてしまう。
タイミング良く颯太から電話があり、恭治は「またな」と言ってさっさと帰って行った。マイペースというか、呼び出したのは蜜の方だけれど、なかなかあっさりとしている。
蜜はといえば、これから一時間も部屋に戻らなかった理由を考えなければならなかった。
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