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「あれ、健悟くん帰ってきてるの?」  夕飯のいいにおいが漂う玄関先で、蜜は普段は見ない革靴を発見する。リビングに向かうとすぐにその持ち主が出迎えた。 「帰ってるよ、蜜の誕生日だからね。おかえり」 「ただいま」  ソファに座ってこちらに手をあげるのは、優男という表現がぴったりな柔和な雰囲気の男だ。顔が小さくて手足のバランスが良く身長も高いので、一見モデルに適しているように見えるが、職業は刑事。でも出会って十年になるけれど、いつも穏やかで怒るところを見たことがないから、犯人に睨みをきかせる刑事のイメージに合わないなと内心思っている。 「お兄ちゃん昼には帰ってきてたのよ。蜜はいつ帰ってくる? ってずっとウロウロして」 「ちょっと母さん!」  キッチンからの笑い声に、健悟は急いで声をあげた。 「なんだ、そんな早くに帰ってたなら教えてくれればよかったのに」  わかっていたらカラオケのあとで男だけの反省会に参加したりしなかったのに。というのも名目だけで、内容はファミレスのドリンクバーで話すだけだ。いつ帰ってもよかった。  蜜が鞄を置いて健悟の隣に腰を下ろすと、健悟はすぐにおやと怪訝な顔をした。 「……蜜?」 「なに?」  健悟はちらっと視線をキッチンの方にやり、それから声を落とした。 「もしかして吸ってる?」 「え?」  すぐには何を聞かれているのかわからなかった。少し間を置いて、はっとする。煙草のにおいがしたのだろう。  においの元は多分、恭治だ。保健室での一件、カラオケでのトイレでの一件が脳裏に駆け巡って、耳が熱くなる。 「あっ、違うって。これは恭治くんの……」  思わず口にして、しまったと思った。でももう遅い。健悟はぴくっと眉をあげて、瞬きをする。 「恭治? 蜜、どっか悪いの?」 「悪くないよ。あの、先生のお使いで保健室行っただけ」 「あいつ学校で吸ってるの?」 「あー……えーっと」  蜜はしどろもどろに答えながら視線を泳がせる。  恭治とのことは言えない。けも耳のことを知られたくないのはもちろんのこと、それ以前になんだかすごく恥ずかしいからだ。それに猛烈に気まずい。例えば治療のためだったとしても、颯太と健悟が同じことをしていたら知りたくない。
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