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颯太の本音に思わず笑ってしまう。彼もわざとらしく口に手をあてて、すぐに笑った。
「つーか、これから職員室行くのか?」
「あ、そうだった。今から行ってみる」
颯太の言葉に時計を見ると、まだ始業時間まで余裕がある。教室を目の前にして、颯太に鞄を預け、蜜は職員室に向かった。
閑散としている職員室で担任の榊原に渡されたのは小さいプリント一枚だった。
「八代だけまだ出してなかっただろ? 失くしたんじゃねーかと思って」
担任の榊原がさも面白そうにニッと笑う。中年で丸っこく、背も低いので、職員室のデスクに座っていると二頭身のゆるキャラのようだ。
蜜はプリントに大きく印字された「進路希望」の四文字を見つめて、それから目を逸らすようにして笑う。
「あー、そっか。忘れてました」
本当は忘れていたわけじゃない。何も書けなくて、提出できなかったのだ。
「まあ大体うちくるやつは進学だし、希望学科は成績次第だけどなー。お前の成績ならどこでもいけるだろ」
「ああ、はい……」
担任の言葉に曖昧に相槌を打と、榊原は僅かに心配するように声を落とした。
「なんだ? 進路のこと親と相談してないのか? ……お前から聞きづらいなら、三者面談のときに俺から聞いてみるか?」
「えっ、いや、大丈夫です。多分、普通に進学すると思ってるから」
「そっか。お前も色々大変だと思うけど、俺も手助けできるところはするから、進路で悩んでるならちゃんと相談しろよ」
「はーい」
榊原の「大変」が、蜜の少し特殊な生い立ちを指していることは明らかだった。ありがたいと思うけれど、蜜にとっては、その心配や気遣いの方が重い。
これ以上何か言われる前に、そそくさと踵を返した。
「それじゃ、失礼しまーす」
「あ、待った」
出ていこうと思ったら、すんでのところで止められた。差し出されたのはファイルだ。
「教室戻るなら途中で坂下先生にこれ持って行ってくれよ」
「え? なにこれ、テストの答案? 俺に渡していいんですかー?」
「そんな大事なの渡すか。来週から修理業者が入るからさー、養護教諭の先生の担当なんだよ。お前も業者の人見かけたら挨拶しろよ」
「はーい」
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