一人の画家の場合

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一人の画家の場合

 なかなか自分で納得のいく絵が描けなくなってかれこれ三年程経つだろうか。 と言っても、私はもう今年で七十二になる老画家だ。これから世界をあっと言わせる絵を描いてやろうなんて大それたことはこれっぽっちも思っていない。 だが自分で見ても、なんだかぱっとしない絵しか描けないとなると、やるせない気持ちになるのだ。  私が何か天才的な才能を持っているかと言えば、そんなことは無いが企業のデザイナーをやったり、自分の画廊を開いたり、まぁぼちぼちとやってなんとか絵やデザインだけで食べてこれたのだから運は良い方なのかもしれない。  しかし大学を出て直ぐの頃は、どんな絵を描いて良いか分からず色々描いてみたとて、なんともつまらない絵しか描けなかった。  そんな自分で見てもつまらない絵を誰かが買ってくれる訳もなく何度もサラリーマンになってしまおうかと思ったが、それにも踏み切れずアルバイトで生計を立てていた。  そんな私に転機が訪れたのは大学を出てから十年以上も経ってからだった。母親が還暦を迎え、その祝いに国内でちょっとした小旅行をすることになった。その時行った、とある寺の池にとっても大きな色鮮やかな鯉がいた。     
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