一人の画家の場合

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 私は珍しくこの鯉の絵が描きたくなった。そして旅行中にも関わらず母親をほったらかして鯉の絵を描いた。自分でも驚くような生命力に溢れた絵が出来上がった。そして私はそれ以来、魚の絵ばかり描いた。  その内に何枚かの魚の絵も売れ、魚関連の商品パッケージや魚屋さんの看板など、とにかく魚に関する絵を描けば良い絵が描けたし仕事にもありつけた。マグロの群れを描いた絵は私の作品としては最高額の三百万円で売れた。魚の絵ばかり集めた画集も出版し、それなりの部数が発行された。  ついには商品パッケージの仕事で知り合ったキンメダイみたいな妻とも結婚もした。そして来る日も来る日も魚の絵を描き続け、これまでに描いた魚の絵は実に四千枚を数えるまでになった。そして気付けば七十を過ぎていた。  そしてその後は、ほとんど魚の絵を描いていない。と言うより絵自体を描いていない。それと言うのも、六十八ぐらいの時に描いた巨大なイトウの絵が恐ろしい程の出来栄えだったのだが、それ以来どんな絵を描いても、あのイトウの絵に比べると何ともつまらない絵に見えてしまうのだ。     
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