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「今日って、バレンタインじゃん。お前、誰にも渡さなかったの?」
気付いていないわけではなかったのに、「そうだっけ」と濁してしまう。渡したい相手がいないとしても、それをあえて口にするのは、思春期の女子にとってご法度のような空気があった。くだらないことに。
「じゃあ今日チョコ持ってきてないんだ」
「え。うん、持ってきてないけど」
「なんだ、そうか」と三嶽君は席を立ち、呆然とする私に背を向けた。何もかもはっきりしない野球部男子の背中は、それでも、猫背のくせに大きい。
「あのさぁ、明日は?」と、図書館にそぐわない大きく上ずった声が響いた。
「いるけど」
きっと明日も放課後の図書室に。明後日も、明々後日も、その先だってずっと。白百合に憧れながら、この図書室で苔になる。
「分かった。じゃあな」
三嶽君は逃げるような早足で、引き戸を乱暴に開けて出ていった。
「え、それだけ?」と思わず口をついて出た。
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