第1話  一日目 その1

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ

第1話  一日目 その1

 まさか、こんな野良猫を拾うはめになろうとは……世の中何が起きるのか一寸先は闇のようなものだな。 「マスターもなんとか言ってやってくださいよ。俺だって飯食ってくのが、やっとの身分なんだって」       * * * * *  お天気の良い日に限るのだが、俺は気が向けば、さほど広いとは言えない近くの公園を気分転換と称して散歩することにしている。その日も春の陽気に誘われて、たまたま目的もなくその公園へと出かけていった。  昨日、桜の開花宣言が出たことも影響しているのか、数日前に来た時と比べると人出も目に見えて多くなっている。  園内はすっかり春めいてきて、生命の活気にあふれていた。目の前に広がる新緑色鮮やかな芝生も、心なしか生を自己主張しているかのように見える。  普段、人から鈍感だと評されている俺でも、思わずその場で深呼吸をしたくなるほどの春の息吹を感じ取る事ができた。  柔らかな若草色の絨毯と化した芝生と、乾いた砂利の敷かれた遊歩道との境には、アーチ型に模られた茶褐色の柵が緑を縁取るかのように多数設置されている。  柵の内側には一本の大きな木が植えられていた。楠なのだろうか枝を孔雀の羽のように大きく広げ、柵で仕切られた境界線の上を遥かに越えて、前にあるベンチの方にまで目一杯に張り出してきている。そして生命の躍動を感じさせる生き生きとした葉を、これでもかという位に生い茂らせていた。  その枝と葉が前にあるベンチには格好の日除けになっていて、俺たちに心地よいスペースを提供してくれている。  春の恵みを受けたそのベンチは、俺にとって特別な存在だった。いや、別段春に限った事ではないのだが、時折そこに座っては作品の構想をあれこれと練っていたのだ。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!