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第2話 一日目 その2
しかしその日は先客がいた。
『仕方がない。今日は散歩だけにしておくか……』
一旦はそう思案しながらも、その先客のことが妙に気になってしまった。
別にうら若き女性だからとか、美人そうに見えたからという訳ではなく……まあ、そういう面も敢えて否定はしないが、その女性がとても儚げに見えたのだ。
黒っぽいスーツ姿でバッグを膝の上に載せ、肩をすぼめるようにしてベンチの端に遠慮がちに座っている。やや前傾姿勢で俯いたまま微動だにせず、何か思い詰めているように感じられた。
ショートカットながら髪の毛が横から頬にかかり、実際の表情を伺い知ることができず、余計にその思いが強くなる。
俺の心の中で秘かに眠っていた義侠心が、むくむくと起き上ってきた。断わっておくが、あくまでも義侠心だ。
「お嬢さん、どうかしましたか? 何か困っているんじゃないですか?」
あー、恥ずかしい。普段なら絶対にこんな気障ったらしい言葉は、小っ恥ずかしくって吐けない。この時の俺はどうかしていたのだ。鏡があれば恐らく、顔から真っ赤な夕日の飛び出すのが見えたことだろう。
言ってしまったものは仕方がない。俺はその女性の隣に少し離れて座りながら、恐る恐る顔を覗き込んでみた。
驚いたように顔を上げた女性は、大きな目を猫のように見開いて、真っすぐに俺を見つめ返してくる。少し涙目のように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
「私の話を聞いてくれるのですか?」
「えっ」
思わぬ言葉に、いや本来なら当然の言葉なのだろうが、その時の俺はそんなにストレートな言葉が返ってくるとは予想もしていなかった。変化球に山をはっていたバッターが、ど真ん中の直球に手が出ないのと同じである。
その女性は、膝に載せたバッグの持ち手をギュッと握りしめたまま、なにやら思い悩んで切羽詰まったような、そして今にも泣き出しそうな顔を俺に向けていた。その不安定な表情と大きく見開かれた目からは、まるで捨て猫のように俺に縋り付いてくる必死感が伝わってくる。
その目を見た瞬間、俺はどう対処して良いのかわからず、金縛りになったように固まってしまった。あたかもメドゥーサの目を見てしまったかのように。アテーナーからアイギスの盾を借り受けていない俺は、ペルセウスのようにはいかなかったのだ。
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