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第3話 一日目 その3
「声をかけてくれたのは、私の話を聞いてくれるからですよね」
返事をすることもできず石像のようになってしまった俺に、その女性は再度そう言って念を押してくる。不思議な事にその再度の言葉が、魔法を解く呪文を唱えたかのように俺を金縛りから解放してくれた。
正気を取り戻した俺は、ようやくその女性を冷静に観察することができた。
ややタイトなスカートの、黒っぽいビジネススーツを着用している。その胸元からは真っ白なシャツブラウスが襟をのぞかせ、清潔感と初々しさを醸し出していた。
年の頃は二十代前半というところだろうか? 服装から察するに、十代ということはなさそうに思われる。顔だけなら、もっと若く見えなくもないのだが。
さらさらとした黒髪のショートボブが小顔を際立たせ、スマートな体型によくマッチしていた。
ショートボブといっても、いろいろとあるので少々イメージしにくいかも知れないが、けっして『サザエさんのワカメちゃん』や『ちびまる子ちゃん』のような、オカッパ頭ということではない。もっと現代的で、まるでヘアースタイルのカタログにでも出てきそうなオシャレな髪型である
カタログに登場するモデルは、当然のことながら髪型だけの存在ではない。フェイスも重要なポイントで、その善し悪しがヘアースタイルのイメージをも、大きく左右することになる。
そこまで言ってしまうとその女性の事を、少し美化し過ぎのような気がしないでもないのだが――要するに不細工ではなさそうだということだ。
冷静に観察できたとは言ったが、一瞬のことなので写真を見るような観察は、どだい無理な話である。
それでも思った以上に若くて端正な容姿を見て、俺の中で長い冬眠から覚めたばかりの義侠心が、再び鎌首をもたげて蠢き始めた。いうまでもなく、あくまでも義侠心だ。
「何か込み入った話のようですね。それなら、どこか落ち着いた場所に移動しませんか? 今から行きつけの喫茶店に、行こうと思っていたところなんですよ」
こうして俺の義侠心が捨て猫を拾うように、その女性を拾ってきてしまったのだ。どこまでも態度は紳士然として。猫を拾った俺は、逆に猫を被っていたのである。
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