第7話  一日目 その7

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第7話  一日目 その7

「落ち着いたら、話せる範囲で話してみて。言いたくないことは別に言わなくても良いのだよ。俺も話を聞くことくらいしか、できそうにないから」   トモちゃんに二人分のコーヒーを注文した後、俺はここに来た目的を思い出して、その女性に声をかけた。いうまでもなく紳士然とした態度を保持しながら。  その女性は暫らく躊躇した様子で、目を伏せたまま俯いて口をつぐんでいたが、突然顔を上げると、何か決心したかのように表情を一変させた。そして例の猫のような大きな目を、真正面から俺に向けてくる。 「私、就職浪人になっちゃったんです。もう決定です。最後の頼みの綱が切れちゃったんです」  いきなり堰を切ったかのように喋り出した。かなり興奮しているようだった。しかし、それだけでは就職活動がうまくいかなかったのだろうなとは推測できても、全体像がつかめない。俺はその女性の興奮をなんとか鎮めながら、なだめすかして最低限必要な情報を聞き出した。  名前は冬咲北瑠といって、四年制大学をつい先日卒業してしまったらしい。親が田舎に帰って来いというのを拒否して、最後の最後まで就職活動を頑張っていたのだが、結局、希望をつないでいた最後の一社にも落ちてしまったというのである。  そこに入れていたら、なんとか就職浪人をせずとも済んだのだろうが。これで浪人が決定してしまい、人生に絶望していたということだ。  確かに四年制大学の女子が、就職浪人をしてしまうと厳しいものがある。まだ短大卒の方が、女子に関してはつぶしがきくというものだ。絶望するのも分らなくはないし、悲観するのも致し方のないことだとは思う。  それにしても、やはり聞くことくらいしかできそうにはないなと、その時までは俺もそう思っていた。それなのにその冬咲北瑠という名の女性は、突然とんでもないことを言い出した。 「文豪さん。いえ先生と呼ばせて下さい。私を弟子にして下さい」  な、何なのだ、こいつは。いったい何を言っているのだ。頭が『困ったちゃん』なのか? こいつがこんな突拍子もないことを言い出したため、俺の言動がつい乱れてしまった。もっと冷静にならなければと心の中で反省する。 「先生は小説家ですよね。就職浪人を回避するには、もうこれしかないんです。どうか私を小説家に連れてって下さい」
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