11人が本棚に入れています
本棚に追加
/471ページ
趙萬年が『淮南子』を引っ張り出して南船北馬のくだりを確かめたのは、夏四月のことだった。北の胡人が南へ攻め入るときには果たして船に乗るのか馬に乗ったままなのかと、早急に調べたかったからだ。
答えは『淮南子』に掲載されていなかった。別の古典を当たれば前例が出てくるのか、それとも己の身で一から全て体験するしかないのか。
四月は、初夏の爽やかな風が漢江から澄んだ水の匂いを運んでくる、一年で最も過ごしやすい季節だ。趙家軍が拠点を構える白波鎮では、事が起これば武器を執る男たちも皆、畑仕事に精を出していた。
その日の夕刻、趙淳はきわめて複雑な顔で帰宅した。たまたま趙萬年だけが家にいたから、趙淳の話を誰より先に聞くこととなった。
「阿萬、俺は出世したぞ。正式に荊鄂都統の任命の辞令が下った」
荊鄂とは、この湖北の古い呼び方だ。そちらのほうが雅であるからと、朝廷が軍閥の長に与える肩書には古名が冠されることが多い。
「おめでとう、大哥。朝廷がばら撒く肩書なんか、高い給料が付いてくるわけでもなし、腹の足しにもならねえけど、都統の名に平伏す安い人間もいるから、もらえるもんはもらっときゃいいよな」
「ああ、もらいすぎなくらい、もらってきたぞ。京西北路招撫使の肩書もだ」
最初のコメントを投稿しよう!