第一章/五.樊城を打ち捨てよ

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 趙滉は、きりりとした形の両眼を少し細め、口元を和らげた。趙滉は顔立ちも体付きも兄の趙淳より線が細いが、上背があるところは兄弟で同じだ。趙萬年は思い切り見上げないといけない。  水陸の道を伝って樊城を離れる者がどこへ行くのか、趙萬年は知らない。親類や知人の伝手を頼って小さな村鎮にでも逃れるのだろう、と趙淳や趙滉は言う。  疎開先の村鎮が金軍の支配下に置かれることもあり得る。村鎮は抵抗せず、食糧でも土地でも若い女でも、金軍に差し出すだろう。それで平穏が保たれる。  武力を持たない民の多くは、徹底抗戦の籠城に付き従うよりも、黙って敵軍に奉仕することを選ぶものだ。命あっての物種である。  趙淳はすぐに見付かった。趙家軍が屯所として使う寺院のそばで、次から次へと物事を尋ねに来る役人や兵卒、商人、子供を抱えた女や老親の手を引く男、果ては泣きじゃくる迷子にまで、逐一答えてやっていた。 「大哥(あにき)! 魏家軍には神馬坡からの撤退を伝えてきたぞ。明日の日の出までに襄陽に入るって。先行部隊はオレたちと一緒に到着してる」 「御苦労だったな。そして早速だが、人手を全部、樊城から襄陽へ食糧と物資を運ぶ作業に回してくれ。城内を突っ切って南端の船着き場へ行けば、嫌でも仕事を割り振られるはずだ」 「わかった。兵は城門の外で待たせてるから、すぐに知らせて連れてくる!」     
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