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趙萬年は人混みの中を駆け出した。すぐさま背後から、趙淳に訴えを為す悲痛な声が追いすがってきた。
「将軍、御願いです、考え直してください! 樊城を燃やすなんて、そんな……!」
趙淳が厳然として告げる。
「計画は変えられねえ。理解してくれ」
趙萬年は奥歯を噛み締め、駆ける脚に力を込めた。
樊城からの退去は今晩中に、と期限が申し渡されている。樊城が空になったら、翌日の昼には火を放ち、破壊するのだ。
本来、漢江を挟んで両岸に建つ襄陽と樊城は、対であるからこそ意味を成す。どちらか片方だけでは、港としても渡し場としても不完全だ。襄陽は樊城に北面を預ける格好だから、これを捨て去ることは戦略的に見ても恐ろしい。
しかし今、趙家軍には兵力が足りない。樊城を維持するために軍を二つに分かつのは、己の首を絞めるに等しい。
だから樊城を放棄する。金軍に砦として利用されないよう、物資は残さず持ち去る、もしくは焼き捨てる。家屋もまた燃やし尽くす。城壁や土塀を崩す時間はないからそのまま残すことになるが、致し方ない。
当然、樊城の住民から反発が起こった。趙淳は計画を曲げず、ただ、襄陽へ避難した場合には必ず手厚く保護すると約束した。
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