第一章/五.樊城を打ち捨てよ

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 反発は急速に収束した。四十年ほど前の湖北を知る老人たちが「大したことではない」と言い放ったためだ。 「今時の若い連中は何を甘ったれていやがるんでい? 戦略的撤退。上等じゃあねえか。命を失うことに比べりゃあ、()(めえ)の手で()(めえ)の家を燃やすくらい、大したことねえだろうよ」 「全くだ。儂らが若い頃、湖北は戦場だった。儂らが生まれる前も戦場だった。襄陽も樊城も、何度も焼け、何度も壊れ、何度も造り直してきた。そいつをもう一度やるだけさ」  戦と聞くや、手入れの行き届いた弩を携えて趙家軍のもとに馳せ参じた老人も一人や二人ではなかった。趙淳は、老兵の中でも本当に体の動く者を選抜して、襄陽の城壁警備の任に就かせている。  趙萬年の目の端に犬の姿が留まった。無人となった家の庭先に、つながれていない犬がぽつねんとしている。 「逃げろよ、()()」  人と違って、犬は、なぜ樊城が打ち捨てられるのか理解のしようもないはずだ。さっさと城外へ出なければ炎に巻かれてしまうかもしれないのに、庭先の犬は動く気配を見せなかった。
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