第一章/六.ノブレス・オブリージュ

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第一章/六.ノブレス・オブリージュ

 湖北の冬は、故郷の華北と違って、ずいぶんと暖かい。(どう)(そう)は首筋の汗を拭った。  夜明けから間もない早朝のことだ。  道僧は愛馬の歩みに身を委ねて、(ばん)(ざん)の坂道を登ってきた。切り立った崖の下に漢江の流れを望むまで、四半時ほどの騎行に過ぎなかったが、毛皮の外套を着込んだ体は火照り、汗をかいている。  金の首都、(ちゅう)()が建つ華北平原は、ここよりもずっと乾いて冷たい。冬十一月ともなれば、強風が吹くたびに耳が千切れるのではないかというほどに寒いから、ふさふさと毛皮をあしらった帽子は、儀礼のためだけでなく実用上も必要不可欠だ。  道僧は外套を脱ぎ、鞍前に置いた。ついでに、愛馬の汗ばんだ首筋を優しく叩いてやる。愛馬は甘えるように鼻を鳴らした。  息を深く吸って、しっとりと清涼な朝の風を胸につかまえる。吐き出す息は一瞬だけ白くこごり、すぐに見えなくなった。     
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