第一章/六.ノブレス・オブリージュ

3/6
前へ
/471ページ
次へ
「やはり私には、栄えある納合家の次期当主など似合わぬのだ」  声に出して吐き捨てる。朝の風に揺らされた木の葉ばかりが、さやさやと応える。  道僧は(ぼう)(こく)、つまり漢語では百騎長と意訳される女真族特有の役職に就いている。謀克は、平時には三百戸の家を治め、戦が起これば、麾下三百のうち百戸から一人ずつ戦士を選抜して己の軍とする。それが原義だ。  謀克の治める家が三百戸、率いる兵が百騎であったのは、約百年前の金創立の時代にまで(さかのぼ)る。今では、そうした数字は目安にもならない。  ただし、謀克は世襲制だから、若くしてその役職に就くとあらば、女真族の高貴な血筋であることが一目瞭然だ。謀克に十倍する兵力を持つと定められた千騎長、女真語でいう(もう)(あん)もまた、家柄を示す指標となっている。  道僧の父である吾也は、猛安に十倍する権勢を(つか)ねる(ばん)()の地位にある。また、漢族風の制度を採る朝廷では(てい)(てん)(けい)(ごく)()の官を兼任する。小さな不正をも見逃さない厳格な法の番人と呼ばれ、検挙者の絶望する顔を何よりの好物とする人でなしとも噂される。     
/471ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加