第一章/六.ノブレス・オブリージュ

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 納合家の領地には漢族が多く居住している。吾也は彼らに(べん)(ぱつ)を結わせ、服属者であるとして、帽子の着用を認めない。女真族よりはるかに高い税率に文句を言う漢族は、祖父から父へ代替わりして以来いなくなった。皆、吾也が怖いのだ。税の上がりはすこぶるよい。  今、納合家の率いる兵力は二万。大半は漢族の歩兵だ。その全てを吾也が掌握している。道僧には一兵も与えられていない。道僧の副官や従者でさえ、吾也の命令しか聞かない。道僧の異母兄弟たちも同様か、あるいは、無能の烙印を押されれば一般の兵卒へ降格される。  道僧の父、納合吾也とはそんな男だ。道僧は十八にもなって、父に手足を封じられ、行軍中には己の愛馬の手綱を取ることさえできない。  こうなるだろうと予想できていた。だから、従軍などしたくなかった。 「道僧(ぼうず)などという辛気臭い漢字を当てた名を付けるのではなかった、か。私の方こそ、好んで納合吾也のもとに生まれたわけでも、道僧の名を選んだわけでもない。父という立場を振りかざす暴君め。それで漢族文化を体現しているなどと気取るな」  女真族は古来、自然の中で狩猟と採取をおこなって生きてきた民だ。狩猟と戦は男の仕事だが、手に入れた獲物や戦利品を管理し、家を維持するのは女の仕事だった。子に対する母の影響力、ひいては、社会に対する女の存在意義は大きかった。     
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