第一章/六.ノブレス・オブリージュ

5/6
前へ
/471ページ
次へ
 ひるがえっては、漢族が尊しとする儒学である。男は女より偉い、父は子より偉い、年長者は年少者より偉いのだと説かれる。これを信奉することが最近、女真族の名家の間で流行っている。  どんな思想への信奉も勝手にすればよい、と道僧は思う。ただし、己の信奉を他人に押し付けないのならば。  道僧は左の肩に触れた。服の内側、(えり)を留める(ぼたん)のちょうど下のあたりに、吾也に打たれた(あざ)がある。打たれたのは三日前。腫れと痛みは引いたが、吾也への怒りと不信は消えることもなく道僧の胸に渦巻いている。  父に盾突くな! 何様のつもりか!  まず背中を蹴られ、地面に転がされた。素早く向き直りながら身構えようとした途端、穂先を布で包んだ槍で、したたかに肩を打ち据えられた。  吾也に背を向けたのは、捕虜の傷を診るためだった。(そう)(よう)を攻め落とした際に捕らえた兵を三十人ばかり、納合家が管理している。  捕虜のうちに二人、それなりの地位に就く者がいた。道僧が知らせを受けて(さい)に駆け付けたとき、吾也はちょうど捕虜への拷問を中断させたところだった。両手の爪を剥がれた捕虜が泡を吹いて気絶したためだ。  拷問など御止めください。()(よう)なことを為せば、宋国人はまた、我々女真族のことを未開な蛮族と(おとし)めましょう。     
/471ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加