第一章/七.イストワール

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 道僧はずっと、多保真も完顔家の誰かと結ばれるものと思っていた。それがどういう風の吹き回しか、漢語の読み書きが同年代の誰よりも得意だった道僧のことを多保真がいたく気に入り、納合家ならばまあよかろうと完顔家の御墨付きが下りたのが十三の頃だ。  物心つく頃からの長い付き合いである。多保真は確かに美しいが、もはや見慣れてしまった。今さら見惚れたりなどしない。  そんなふうに、道僧は思っていた。ほんの三日前まで。  三日前、父にさんざん打たれた後のことだ。多保真が、ふと風のように動いた。  わずか一呼吸分の触れ合いの隙に、道僧の心は強く強く揺さぶられた。多保真が道僧に口づけをした、ただその短い時間の出来事ひとつで。  多保真の唇は、とろけそうに柔らかだった。血の気の引いた道僧の唇よりも温かかった。  道僧は口づけの感触を思い出し、急激な胸の高鳴りを覚えて、多保真から目を()らした。そっぽを向いてようやく、またしても多保真の美しさに見惚れていたと気が付いた。  多保真は道僧の横顔に言った。 「あまり心配させないで、道僧。肩の痛みはどう?」 「大事はない。追ってきたのはそれを尋ねるためか?」 「八割方、そうね。怪我を負った許嫁(いいなずけ)が一人で姿を消したと知ったら、心配になって探すものよ。当然でしょう?」 「残りの二割は?」     
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