第1章 プラスチック製のチェスセット

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置いていったのか落として行ったのかはわからないが今の状況では非常にありがたい代物だったため、私は子供のようにはしゃぎチェスボートに1つずつ駒を並べた。チェスの駒を並べるなんて何年ぶりかで悩む箇所もあったが無事に全ての駒を的確な位置へと配置することが出来た。ここまでの経緯に至るまで私はチェスセットにはしゃぎ忘れていたがチェスは2人でするボードゲームだ。今、私身の回りにいる奴でチェスゲームを出来る程余裕がある奴はいない。私は仕方なく1人でチェスの駒を動か始めた。 白のナイトを前え、チェスボートを反対に回し黒のポーンを前え、そんな行動を繰り返し5分が経過した時に声がした。「1人でチェスしてんの。」少し嘲笑したように前に座っていた彼は私にそう言った。嘲笑されて少し言い返してやりたくはなったものの本当に私は今たった一人でチェスをしているので言い返すも何も無い、仕方なく「そうだけど、何か。」と不機嫌そうに答えた。「イカレ野郎だな。」彼は軽蔑したような目で一言口にした。この突然の罵倒に罵倒で返してやろうと思ったのだが少し考え止めた、彼は私と話し始めた時から正しいことしか発言していない。同じ国の仲間達が戦場で命を散らし、故郷に残された人間は戦争という不安を抱え毎日を過ごしている。そんな中戦場へ向かうトラックで1人チェスゲームを黙々としているなんてイカレ野郎以外の何者でもない。 彼の言葉に納得した後も私はチェスセットを畳むことは無く俯く彼の前でチェスをし続けた。私が勝って私が負けて私が勝って私が負けて私が勝って私が負けて、この繰り返しが30分程永遠に続いた。チェス駒はなるべく大きな音をたたて動かしたりと無意味な彼への嫌がらせなども行った。 チェスもそろそろ飽きてき始めたと思い出してきた時また彼から声をかけてきた。「飽きるだろ、ずっと1人でチェスするのも。」 「全く。」心にもないことを口走ってしまった。今の私は恐らく前の彼が「1+1は2だ。」と言ったのなら「3」と答える、「犬はワンと鳴く。」と言うなら「犬はコケコッコーと鳴く。」と答える。彼の発言全てを否定していたかった。 私の心情を見すえているように彼は呆れた表情で「相手になろうか。」と続けて言ってくれたのだが私には喜び感謝する程素直な心はもちあわせていない、ひねくれ者の私は無視を貫いた。
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