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「ね、古いけど結構音、ちゃんと出るんだよ。はい」
楽器を渡されて、面食らった。
「えっ、えぇっと。どうすれば」
「触ってみれば」
ボタンのところを押してみると、かちかちと音がした。結構重たい。こうなってるんだ。ボタンを押すと、ふたみたいなのが、開いたり閉まったりする。
「吹いてみてよ」
無茶ぶりだ。さっきの室伏さんのことを思い出して、見よう見まねで、口に加えて息を吹き込む。
「ぶっ、く、苦しっ!」
息の逃げ場がどこにもなくなって、ぶはっと口を外した。はぁはぁと息を吐く。あんなに大きな音を室伏さんは出してたのに、どれだけ吹いても音は出なかった。
「ま、すぐには音なんて出ないよ」
室伏さんはいたずらっぽく笑う。最初から、音なんて出せないと知っていた顔だ。無害なふりして、この子案外性格が悪い。私は、唇をとがらせて「そうですかー」と答えた。
「少しずつ教えるね。でも、まずはコンクールのための大太鼓だから」
「そうだね。またよろしく」
その日はそれだけで終わった。私のはじめてのクラリネット体験は、一音すら出せずに終わった。
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