1人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
ふわ、とあくびを噛み殺して、私は教科書の間から室伏さんをうかがった。隅の方の席で、真面目にノートをとっている。こうしてみると、普通の、いやどちらかというと女の子に見える。それが、クラリネットを持つと、あんなに圧倒する音を出すんだから、不思議だ。楽器のせい、かもしれないけど、室伏さん自身も変わるように思える。
私もいずれそうなれるのかな。まだ自信はない。何しろ、一音も出せていないのだ。はぁ、とため息をついた。
このまま、吹けるようなんてなるのか不安だ。部活の時間は室伏さんだって自分の練習があるし、私だって大太鼓の練習がある。空き時間にやるしかない。朝か、昼か。それとも部活が終わったあとか。そんな細切れ時間で間に合うんだろうか。
あと、高校卒業まで二年しかない。そんなことを思って、私は苦笑した。前まで、暇で仕方がなかったくせに。今は時間に焦っている。空き時間に、いくらでも練習する気でいる。
どうしてこんな風になっちゃったんだろう。あの日、夕日に照らされる音楽室で、おじさんの写真に出会ってしまってから、多分私は変わった。
そうだ、あのおじさんの曲をやるまでは、辞められない。私は決意を深くした。まだ全然行きついていないんだ。次のコンクールの曲は、あのおじさんの曲じゃない。いつやれるか分からないけど、私も室伏さんみたいに、あのおじさんの曲を自分で吹いてみたいんだ。
やっぱり、もっと練習したいって室伏さんに頼もう。迷惑とかどうでもいいや。だって、やりたいんだから。そう決めた。
最初のコメントを投稿しよう!