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ホールにつくと、ちょうど最後の曲が始まる前だった。なんとか、間に合ったみたいだ。最後の曲だけだけど。
「急いでください」
ドアを開いてくれた係の人が、ささやき声でせかす。するりと会場に潜り込んで、扉に一番近い椅子に座った。
座ってふう、と息を吐いたのと同時に、指揮者が棒を振り下ろして、一音目が鳴った。びりびりと空気が揺れる。
何、この曲。
聴いたことがないような、でもどこか懐かしいリズム。メロディは少し古風で、日本って感じがする。思っていたクラシック音楽とはずいぶん違う。
いつのまにか、私は物語の中にいた。流れる川、雄大な山。そして、そこで暮らしている力強い人々。曲の中でその世界は生き生きと動いていた。音楽に興味がない私も、それが分かった。
あの写真のおじさん、こんな曲、作っていたんだ。
写真の無表情からは想像できなかった世界。こんなすごいことを考えていたんだって、知らないおじさんの、頭の中をのぞいた気分だった。
舞台では、室伏さんが一生懸命にクラリネットを吹いている。ときに体を揺らしながら、とても楽しそうだった。クラスでいるだけでは分からなかった、室伏さんの中にある熱さが伝わって来る。
室伏さんを、こうも熱くしているのは、きっと、あのおじさんが描いたこの曲のせいだった。
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