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この街は死んでしまった。
「わぁ!これ、すっごく美味しい!」
「だろ?すっげぇ並んで買ってきたんだから、よく味わえよ」
彼女はまるで亡霊だ。
彼女だけが、この街が生きていた頃の姿のまま、あの頃の面影を残している。
「それじゃ、俺そろそろ帰るけど、お前も……」
「いつも、ありがと!明日はまた来てくれるの?」
あの頃にすがりついて、あの頃に囚われている。
俺は今日も彼女をその柵から連れ出せない。
「……明日は、ちょっと用事があるから、また明後日に来るよ」
「了解!次はねぇ、ケーキ!ケーキが食べたいなぁ!」
彼女はそうはしゃぎながら、上空を見上げる。
俺もつられて顔を上げ、延々と降り続く灰を眺めた。
「あと、お母さんが帰ってきたら、私も街を出るよ。それまでは約束だから。ここで待ってるって約束したから。ごめんね。私のワガママに付き合ってくれて、ありがとう」
数ヶ月前の彼女の言葉。
父親の訃報が届き、前日に降り注いだ灰が父だったものだとわかった時の彼女の言葉。
この街に伝染病が蔓延したのは、もう一年は前の事。
身体が繊維質化する植化と呼ばれる伝染病で、ワクチンはあった。
ただ、数は限られ、発症すれば効果的な治療法のない不治の病。
優先されたのは子どもの命と、俺の両親のように医療関係者ぐらいで、彼女の両親は発症して街の郊外にある隔離病棟に収容された。
植化は死後、人だった体にキノコが生える。そのキノコの胞子が病原体となるため、遺体は高温で燃やされる。
植化した遺体は燃やすと大量の灰が舞った。
隔離病棟から舞い上がった灰は、風に乗ってこの街に降り注ぐ。
降り注ぐ灰に耐えらず、街を出る者がほとんどだった。
発症しては人が消え、灰が降っては人が消え。
そして、この街は空っぽになった。
そんな中、彼女はこの街で待ち続けている。
いつでも、灰となって帰ってきた時でも迎えられるように、この街から離れず待ち続けている。
この街は死んでしまった。
そして、彼女の母が一日も早く死ぬ事を切に願う俺も、人としての心が死んでしまったのだろう。
(了)
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