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中央公園上空
ガシャドクロのすべてのパーツが漆黒の霧に変化した。
「おじさんッ」
「大した魔物はいないッ、威力は弱くていいから数をこなすぞ!」
「うんッ、ヒートブレイド!」
「裂気斬!」
身近に存在する霧はヒートブレイドで焼切り、離れた所は裂気斬で次々滅していく。瞬く間に魔物の霧は無くなった。
「終わったね……」
「いや、まだだ」
悠輝は朱理の肉体を刹那たちのところへ急がせた。
あれは……?
壷内尊の様子がおかしい。身体が明らかに大きくなり、服が破け露わになった肌が金属のような光沢を放っている。
「永遠……」
刹那が蹲ったまま顔をこちらに向けた。
「姉さん!」
慌てて駆け寄る。
「しっかりして!」
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」
悠輝が直ぐさま薬師如来真言を唱えた。
刹那が大きく息を吐き出す。
「ありがとう、永遠、おじさん……満留も手当てしてやって」
「わかった」
悠輝が答えたので、朱理は満留の傍らに行った。
「何をしているんです……早く尊にとどめを……」
「安心しろ、直ぐに……」
言っている途中で突然異様な力を感じた。
「まずい……」
苦しげに満留が漏らす。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」
素速く悠輝は真言を唱えた。
「おまえの言う通りだ、こいつはヤバイな」
朱理も叔父と同じ意見だった。
そこに立っているのは、身長が三メートルはあり全身が金属質の黒ずんだ光沢を放つ魔人だった。
「おまえ、いったい何をした?」
「対鬼多見法眼用に取っておきたかったんだがな、まさかキサマごときに使うハメになるとは。
教えてやる、これが完成形だ」
声まで金属音の様になり耳障りだ。
「完成形?」
「耶蘇未麓が使ったのは試作品に過ぎない」
朱理も話だけは聞いていた、アークソサエティの教祖だった耶蘇未麓が最後に呪術で怪物になったと。
「アークに関わっていた呪術者は私だけじゃない。でも、まさかこいつが……」
満留が絶句する。
「当然、オマエのことも知っていた。未麓は談合されるのを恐れて、それぞれの名前を明かさないようにしていたが、オレには知る手段がいくらでもある」
「どうして、何もしてこなかったの?」
「泥棒猫のコピー商品と本物じゃデキが違う。比べさせて、より高い値段でオレの呪具を売った」
満留は悔しそうに顔を顰めた。
「芦屋、安心しろ。こいつの呪具も大したことはない、アークを潰したおれが保証する」
「悠輝様……」
「その呼び方はやめろ」
「しかし、遙香様が……」
「頼むからやめてくれ」
悠輝が困っているのを尻目に尊はニヤリとした。
「試作品と完成品の違いを今から教えてやるぜ!」
魔人は見た目からは想像も出来ない速さで間合を詰め、朱理と満留を纏めて蹴り付ける。
咄嗟に悠輝は験力の壁で身を守ろうとしたが、魔人の脚が触れると消滅した。
「ウワッ」
「キャッ」
満留と共に朱理の身体も吹き飛ばされ地面に叩き付けられる。
「おじさん、今の……」
「ああ、想像以上に厄介な相手かもな。
芦屋、治癒の呪法は使えるか?」
「もちろん」
「梵天丸を頼む、可能なら座敷童子も」
「わかりました」
満留は立ち上がり、その場から離れた。
尊は彼女を阻止しようとはしない。
「さっきも言ったが、いくら雑魚を集めようともオレには勝てない」
「安心しろ、おまえも雑魚だ」
魔人は朱理に今度は拳を突き出した。
悠輝は躱して懐に飛び込むと、肘を相手の腹部にたたき込む。
分厚い鉄板を叩いた様な感触があり、腕が少し痺れた。
「なッ?」
思わず驚きの声が漏れる。
悠輝は朱理の身を縮めさせ尊の股をくぐり、魔人の背後に回った。
「裂気斬!」
験力の刃は魔人に触れると消滅した。
「烈火弾!」
今度は魔人の身体を焔が包んだ。しかし、燃えたのは巨大化した身体に貼り付いていたボロボロの服だけだった。
「そんな……」
戦慄覚える朱理を無視し、悠輝は急いで間合を広げた。
「先に謝っておく、おまえの肉体で多少ムチャをしなけりゃならない」
「ウソ、多少じゃ済まないでしょ? でも、いいよ」
何故か験力が打ち消され、鋼のような身体で素手でのまともな攻撃を受け付けない。ガシャドクロよりも小さいが、明らかにこちらが不利になっている。
相手は声優を連続で殺しており、朱理もターゲットだ。
それにわたしがやられたら、尾崎さんまで……
刹那や満留だけではない、佳奈の生命も危ないし、更に被害者が増える恐れだってある。
「ありがとう、愛してるぞ」
「バカ、そういうコト言うと、デスフラグが立っちゃうんだから」
「だいじょうぶ、朱理の身体だから叔父ちゃんは死なない」
「わたしが死ぬでしょ!」
「死なせないさ」
「心配しなくても、二人とも息の根も止めてやる!」
尊が一気に間合を詰め、朱理の胴体を蹴り付ける。
悠輝は素速く体勢を低くして躱すと、横に飛び退く。
「裂焔斬!」
験力を打ち消されたとしても、裂焔斬なら烈火弾よりも遥かに火力がある。
「ククク……ムダ、ムダ、ムダ、ムダだぁ!」
雄叫びを上げると今度は念動力の波が朱理たちを襲う。
「オン!」
悠輝が念動力で対抗する。
「どうした、『カルト潰しの幽鬼』? せっかくキサマの土俵で戦ってやってるんだ、少しはオレを楽しませろ」
朱理も験力に触れ、悠輝を支援する。発火能力を持つ彼女は念動力とは親和性が高い。
にも関わらず、魔人と化した壷内尊の念動を打ち破ることが出来ない。しかも、
「もう限界か? オレはまだまだ余裕があるぜ」
尊は念動を出し惜しみしていた。
魔人の念動が徐々に強くなっていく。
「クッ」
遂に朱理と悠輝の限界が来た。
「うわ!」
朱理の身体が吹き飛ばされる。
地面に激突使用とした時、身をていして彼女のクッションとなった三つの影があった。
「ボンちゃんッ、ザッキー!」
それに満留の八咫烏もいる。
「永遠!」
刹那と満留が駆けつけた。
「姉さん、走ってだいじょうぶなの?」
刹那はニッコリ微笑んだ。
「満留がザッキーを回復してくれたから。
おじさんと満留のおかげで完全復活よ!」
満留が独鈷杵を差し出した。
「尊が座敷童子に刺した独鈷杵です。これにはあいつの霊力が込められています。
これなら、傷付けることが出来るかも知れません」
朱理はそれを受け取った。
「助かる」
悠輝が礼を言った。
「おじさん、これなら……」
「ああ。みんな、力を貸してくれ」
刹那と満留が頷き、梵天丸は嬉しそうな顔をした。
「大人しく死んでいればいい物を、死に損ないがいくら集まっても結果は変わらない! まとめて地獄へ送ってやる」
魔人が痺れを切らして近づいて来る。
「オン・バヤベイ・ソワカ!」
悠輝が風天真言を唱えると疾風が吹き、砂が舞い上がり魔人の視界を奪う。
「行くぞ!」
朱理たちが一斉に動き出す。
「コザカシイ!」
背後に迫った影に魔人が回し蹴りを喰らわす。
八咫烏は消滅するが、軸足に梵天丸と座敷童子が噛みつく。
魔人の意識が視線が下に向いた瞬間、死角から鬼多見悠輝が襲い掛かる。
「見えみえ何だよ!」
悠輝の頭部を鷲掴みにする。
「しまった!」
鬼多見悠輝がここにいるわけがない、これは彼の霊体だ。朱理の験力を利用し、一時的に彼女の身体を離れたのだ。
魔人が触れた瞬間、彼の姿は消え、尊の独鈷杵が一直線に飛んでくる。
その尖った先端が魔人の左目に突き刺さった。
「うぎゃぁあああああ!」
尊の悲鳴にかぶせて朱理の声で悠輝が真言を唱える。
「オン・インドラヤ・ソワカ!」
両手で結んだ印から雷撃が放たれ、独鈷杵に命中する。
「グァ!」
魔人が仰向けに倒れた。
「やった!」
刹那が喜びの声を上げる。
「昴みたいだったよ! キャスティングは間違ってないッ、鳴神昴に一番相応しい人間を選んだんだ」
駆け寄った彼女は妹をギュッと抱きしめた。
「昴……わたしが……?」
「そうだよッ。永遠以外に、昴を演じられる声優なんていない!」
満面の笑みで刹那が答えると、安心したように永遠にも微笑みが広がった。
「わたし、昴になれるのかな?」
「なれるもなにも、なったじゃない」
「姉さん……」
「だから叔父ちゃんも言っただろ、おまえが昴だって」
「うん!」
朱理の声には自信が満ちていた。
「お嬢様、刹那さん!」
満留の緊迫した声に、梵天丸と座敷童子は唸り始めた。
朱理も直ぐに気付いた、凄まじい妖気が横たわる魔人から放たれている。
「まだ生きてるのか……」
悠輝が舌打ちをする。
次の瞬間、横たわった状態からいきなり魔人は飛び上がり、眼にも留らぬ速さで満留と刹那、そして梵天丸と座敷童子を蹴散らした。
そして朱理は抵抗する間もなく、片手で首を掴まれ締上げられる。
「ぐぐぐぐ……」
息が詰まる。
「よくも……よくも……よくもッ、よくもッ、よくもッ、よくもッ、オレ様の顔を傷つけてくれたなぁ!」
更に指に力を込める。
「くッ」
悠輝が念動力で逃れようとするが、打ち消されてしまう。
「まだ死ぬなよ、一度殺したぐらいじゃ腹のムシが収らねぇ。オレを怒らせたコトをタップリ後悔させてやる!」
視界の片隅で刹那たちが藻掻きながら、立ち上がろうとしているのが見えた。
魔人もそれに気が付いたのだろう、片足で強く地面を蹴った。
衝撃波が発生し刹那たちを打つ。
「キャッ」
「うあッ」
「キャン!」
「ギャッ」
再び彼女たちは地に伏した。
「キサマらは這いつくばりながら、コイツが殺されるのを見ていろ」
尊が舌なめずりをする。魔人になっても蛇のようだと、窒息しながらも朱理は思った。
「先ずは眼を潰してやる」
魔人は人差し指をゆっくりと近づける。。
朱理は思わず眼を閉じた。しかし、魔人の力の前では彼女の目蓋など無いに等しい。
「朱理は傷つけさせない!」
悠輝が悪あがきをして念動力を振り絞るが、やはり通じない。
魔神の指が朱理の目蓋に触れ、徐々に力が加わっていく。
朱理は必死に悲鳴を噛み殺した。どんなに甚振られても、こんな奴に屈したりはしない。
しかし、目蓋に指がどんどん食い込み、圧迫された眼球の奥が痛い。
負けない……
お母さんが言ってくれた……わたしの心は負けないって……
肉体はどうなっても……心だけは絶対に負けるもんか……
お母さん、わたし負けないからね……
「うわッ!」
自分ではない、悠輝が悲鳴を上げた。
「それでこそ、あたしの娘よ」
え……?
「オン・メイギャシャニエイ・ソワカ!」
八大龍王真言を唱えると水を圧縮した糸が現われ、魔人の両腕を切断した。
身体を操られ、朱理は身軽に地面に着地する。
「ぎゃぁああああぁあぁああああ!」
魔人は両腕の切断面から、タールのような黒い血をドロドロと溢れ出させながら絶叫した。
験力が通じる……
「当然よ、あんな子供だましでお母さんの験力を阻めるわけないでしょ」
先程までとは比較にならない強大な験力と共に、今、彼女の中には母がいる。悠輝は遙香に追い出されたのだ。
「宇宙最強のママ兼マネージャーが助けに来たわよ。しかも、かなり機嫌が悪いわ」
のたうち回る、尊を見下ろす。
「マネージャー!」
「遙香様!」
刹那と満留が明るい声を上げ、梵天丸も嬉しそうに尾を振った。
「あんたたちは離れてなさい、でないと怪我じゃ済まないから」
刹那と満留は梵天丸と座敷童子を連れ、素直に公園から離れた。
「お、お母さん……」
一方、朱理は色々不安だ。
それにしても、どうして験力が魔人に通用したんだろう。
「そんなの決まってるでしょ、お母さんを怒らせたからよ」
何の迷いもなく答える母の言葉を聞き、要するに魔人が無効にできる上限を超えた験力を使ったということを朱理は理解した。遙香は、娘と弟を合わせたよりも圧倒的に強力な験力を使える。
「ゴロゴロしてないで、サッサと腕をくっつけなさいよ。一方的に痛めつけたら、いじめみたいじゃない」
あ、スイッチ入ってる……
「き、キサマがなぜここに?」
食いしばった歯の隙間から声を絞りだす。
「オン・メイギャシャニエイ・ソワカ」
今度は左脚を切断する。再び尊は絶叫した。
「誰に向かって口を利いてるの? 遙香様でしょ」
どっちが悪者かわからない……
「朱理」
「何でもありません!」
遙香は思い出したように付け加える。
「あ、言うの忘れてたけど、謝ってもゆるす気なんて微塵も無いから。
それとアンタのパパも助けに来ない、あたしが壊したわ。
だから、せいぜい死に物狂いで抵抗しなさい」
遙香はクスクスと笑った。
魔人はのたうち回るのをやめ、全身を痛みで震わせた。
「オヤジを壊しただと? ウソだッ、オマエごときにそんなことが……」
「裂気斬」
「ギャッ!」
魔人の左耳と頬の一部が削がれた。
なに? この威力……
母が放ったそれは、悠輝の裂気斬とは次元が違う。遙香から流れ込んでくる験力は半端ではない、自分の内には感じたことのない強大で濃厚な力だ。だが不思議と暴走しかけたと勘違いしたときの、性的快楽は感じない。母が制御しているのだろう。
「う~ん、真言を唱えなくていいから楽かと思ったけど、悠輝の必殺技は威力がコントロールしにくいわ。もう少しで脳ミソを削っちゃうところだった」
「お母さん、あんまりエグい物を見せないでよ」
さすがに朱理は辟易とした。血液は黒すぎるし、見た目も人間離れしているので手脚を切断してもそこまでショッキングではないが、さすがに脳ミソが剥き出しになったら吐いてしまう。
「そうね、子どもに見せる物じゃないわ」
魔人の切断された手脚が自ら動いて元の位置に戻り、傷跡が消えていく。削られた頬も急速に再生している。
「ただ待っているのもヒマだから話を戻すわ。ウソだとしたら、何であたしがこうしているのよ」
「そ、それは……が逃げ出して来たんだ」
再生が進んだせいで痛みも和らいでいるのか、尊はもう震えてはいない。だが、玄馬については自信が無くなったのか、遙香が斃していない理由を見出そうとしている。それに彼女のことを「キサマ」とも「オマエ」ともハッキリ言わず、ゴニョゴニョと濁した。
遙香はその様子を鼻で笑った。
「自分を見てみたら? 何もできずにあたしに両腕と片脚を切断されて、耳も削がれたじゃない。
まぁ、でも安心しなさい、生きているわ。ただし、霊力を奪ったせいで、あんたの知っているパパじゃなくなっているけど」
「そんなことできるワケがねぇ!」
尊が叫んだ。
と、その時、
「そいつはおれの相手だ!」
朱理は己の中に再び悠輝を感じた。
「肉体に戻したはずなのにッ、どうしてまた来るのよッ?」
「決まってるだろッ、姉貴は玄馬を斃したんだ。なら、こいつはおれの獲物だ」
「なに勝手に決めてんの?」
「玄馬は智羅教共々おれが潰す予定だった。それを姉貴がやったんだから、息子の方はおれがやる」
「ダメよ、病み上がりは大人しく寝てなさい」
もうッ、いつものことだけど、こんな状況で……
朱理は内心頭を抱えた。肉体は遙香に支配されているから、自由に動かすことができない。
「オレをムシするなッ」
手脚を繋ぎ終えた尊が割り込んできた。
「今、取り込み中なんだから大人しくしてて」
ぞんざいに遙香が言う。
「オヤジもオレもキサマごときに……」
「遙香様だって言ってんでしょッ、烈火弾!」
焔の塊が放たれた。朱理と悠輝のとは違い、目映い光を放っている。
「ぎゃぁあぁあぁあぁあ!」
魔人は腹部を押さえて転げ回った。烈火弾が命中した部分が熱で溶け、タールのような黒い血が噴き出す。
悠輝が朱理を使って撃った烈火弾は、朱理一人でやるより短い時間で使えたが威力は変わらなかった。しかし裂気斬同様、母がやると、朱理と悠輝の験力を限界までシンクロさせた裂焔斬ですら足下にも及ばない破壊力がある。
余りにも強大な験力のため、魔人の能力を持ってしても打ち消すのはもちろん、ダメージの軽減もほとんどできていない。
「おいッ、おれの獲物だって言ったろ!」
悠輝が不満を言う。朱理は自分の中で延々と姉弟喧嘩を続ける二人にウンザリした。
「何言ってんの、どう考えたってあたしのでしょ。娘と担当タレントを疵物にされたのよ。何なら永遠はタレントなんだから三人分とも言えるわ」
「おれは尾崎さんから依頼を受けている」
「刹那が受けたんでしょ、あんたは代理。そして刹那の手に余る時には、本来あたしがやる契約になっている。あたしがいる以上、あんたの出る幕は無いわ」
「ぐッ……」
悠輝は反論できず言葉に詰まったようだ。だが、
「そうだッ、おれ自身がこいつの鵺に噛まれた!」
自分がされたことを、すっかり忘れていたようだ。自分のことよりも、他人のことを心配してしまう叔父らしいと言えば叔父らしい。だが、あれだけの大怪我を忘れているのは、まだ回復しきっていないからか。
「偉そうに言わない! 油断したあんたが悪いんでしょ。
だいたい、あんたはこのハルクの出来そこないに、ダメージを与えられないじゃない」
皮肉をタップリ込めた口調で遙香が言う。朱理の口を介して話しているので、彼女は自分が言っているような嫌な感じがした。
「おれだって与えられるッ。今すぐフルボッコにしてやるから、大人しく自分の肉体に戻れ!」
悠輝が朱理の肉体の主導権を奪い、のたうち回っている魔人に近づいていく。
「おわッ」
また、悠輝の存在が消えた。遙香が再び追い払ったのだ。
「まったく、邪魔して……」
ブツブツと文句を言いながら魔人を見下ろす。
「いつまで回復にかかっているの? 悠輝ならその程度の傷、五秒で治すわよ」
お母さん、いくらおじさんでも、あんなの当たったら死ぬから。
と、朱理は声に出さず突っ込んだ。
「クッ、キサマは念動が苦手なんだろぉ!」
先程、朱理と悠輝を苦しめた時より強力な念動波を魔人は放ってきた。
「ええ、苦手よ。あたしは相手の精神を支配したり破壊するのが得意なの。でもあんただって、お世辞にも上手いとは言えないわね」
遙香は魔人の念動波を己の念動波で受け止めた。
「それと、何度同じことを言われれば覚えるの……」
「待てッ、念動はおれの専売特許だ!」
悠輝がまた戻ってきた。その途端、一気に魔人の念動波を弾き返す。
「ぐぁああああ!」
魔人の巨体が後方に吹き飛び、広場から飛び出しそうになった。
ところがギリギリでピタリと静止すると、今度は空に向かって急上昇する。魔人の姿がみるみる小さくなった。どれぐらいの高さだろう、少なくとも数百メートルはあるはずだ。
朱理は呆然と空を見上げた。ふと気付くと、刹那と満留、それに梵天丸とザッキーまで広場の外から同じように上を向いていた。
「ぅわぁああぁああああぁああああああああ!」
声に視線を戻すと、魔人が凄まじい勢いで落下してくる。
激突し、地面が大きくへこみ、ドロドロとした黒い血の海が広がっていく。
「死んじゃったかな……」
さすがにこれでは生きていないだろう。
「ちょっと、いきなり割り込んできて、あたしの験力まで使うんじゃないわよ!」
「使おうと思って使ったんじゃない、とっさで切り替えらえなかっただけだ」
「じゃあ手出ししないで。何度も言うけど、コイツだけは譲る気は無いから」
「おれだって、コイツの生皮を剥いで八つ裂きにするまで、引き下がることはできない」
「いい加減にしてッ、どっちにしろもう終わったでしょッ?
二人とも、わたしの中から出ていって!」
耐えかねて朱理が叫ぶ。
「まだよ」
「そう簡単には殺さない、ちゃんと手加減した」
叔父と母が答えた瞬間、魔人がピクリと動く。
すると突然強い風が吹き砂埃が舞う。
朱理は思わず眼を閉じた。
これって、さっきわたしとおじさんがやった……
尊は朱理たちが行った作戦を真似たのだ。
攻撃が来ると覚悟し、朱理は身構える。
その時、梵天丸が激しく吠えた。
「遙香様ッ、尊が逃げます」
やっぱり煙幕……
「追わなきゃ!」
ここで逃がすわけにはいかない、また声優を殺すかも知れないのだ。
「だいじょうぶよ、印は付けたから」
不敵な遙香の言葉が、朱理の口から漏れた。
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