バス停 稲本団地

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バス停 稲本団地

 真藤朱理は深々と頭を下げた。 「長い間引き留めてしまい、申し訳ありませんでした」 「いいえ、こちらこそ助けてもらって……それに厄介事を押しつけてしまい……」  伏見佳奈も(かしこ)まって頭を下げる。 「そんなことないわ、これはあたしが望んだことだし。これから、何があるかわからないけれど、佳奈ちゃんも心を強く持ってね」  御堂刹那が励ますように、佳奈の肩に手を置いた。 「困ったことがあれば相談して、お金とお仕事のこと以外なら力になるから」 「姉さん、それ、ほとんど力になってない……」 「恋の悩みならいくらでも聞くわ!」 「アイドルなのに、恋愛経験豊富なんですか?」  佳奈が意外そうな顔をした。 「経験が無くても聞くだけなら、だいじょうぶ!」 「単にコイバナが聞きたいだけでしょ?」  朱理のツッコミに思わず三人は噴き出した。  三人は稲本団地のバス停にいる。壷内親子を(たお)し、安全が確保されたので佳奈は自宅に戻ることになった。  遙香に幻覚の地獄に落とされると尊は再び意識を失い、(けい)(れん)しては苦しげな(うめ)き声を漏らすのを繰り返していた。  彼女はそれを放置し、朱理たちも部屋に引き上げさせた。すると間もなく、誰かが通報したのだろう、警察と救急車が中央広場にやってきた。遙香が呪を解いたので、団地の住人たちも尊を認識出来るようになったのだ。  裸で痙攣して呻き声を上げている男、不審者以外の何者でもない。しかし、裸なので身分証明は一切無く、彼が誰か判明するかは判らない。前科があれば指紋などですぐに照合されるはずだ。 「それでは失礼します」  バスが来たので改めて佳奈は頭を下げる。 「うん、舞桜ちゃんによろしく。  あと、変態探偵には気を付けてって伝えといてね」 「はい」  佳奈は苦笑した。 「お気をつけて!」  朱理が手を振ると、佳奈もバスに乗りながら振り替えしてくれた。  バスは夕闇の中に去って行く。 「何とか声優を続けられるといいけど」  朱理は佳奈に好感を抱いていた、彼女が不幸になるのは忍びない。 「そうね、本来のリバウンドよりは小さいって、マネージャーも言ってたけど、実際どうなるかは、わからないみたいだし……  せめてもの救いは―あたしにとってもだけど―ザッキーが誰も殺してなかったことね」  遙香が尊が襲った声優をピックアップし、最近亡くなった声優と照合した結果、一人を除いて残り全員が該当していた。残った一人も佳奈が出演した作品には関係がなかったので、座敷童子は誰も殺していないと判断したのだ。 「それじゃあ、あたしも帰ろうかな」 「姉さん、もともといる予定だったんだから、まだいいでしょ? 満留だっているし……」  刹那は溜息を吐いた。 「だからよ、昨日はおじさんが意識不明だったから良かったけど」  悠輝が遙香に強制的に眠らされているのを良いことに、昨夜は満留を下の階で眠らせた。しかし、今は彼はしっかり眼を覚ましている、絶対に拒否するはずだ。 「だからって、永遠のお父さんに下に行ってもらうわけには行かないし、マネージャーだって、百パーセント拒否するだろうしね……」 「わたしが行く?」  刹那が嫌でなければ、自分のベッドに満留が寝ればいい。 「いや~、それが一番マズいでしょ? 何かの間違いがあっちゃ一大事だし」  眉間に皺を寄せてウンウンと頷く。 「間違いって……」  相手は叔父だ。 「あたしや満留より、可能性が高いわ」 「なんでッ?」  顔を赤くして朱理は叫んだ。 「そりゃそうでしょ? おじさんは生粋のニーコンだし、永遠もアンコンだし……」  刹那は、ニースコンプレックスとアンクルコンプレックスが二人きりでいるのは危ないと言っているのだ。 「そ、そんなわけないでしょ!」 「そう?」  疑わしげに刹那が朱理を見つめる。 「じゃあ、お姉ちゃんとおじさん、どっちが好き?」 「どっちもキライ!」  プイッ、と顔を背ける。 「永遠ぁ~、ジョーダンよ、キライにならないでぇ~」  刹那が(すが)り付いてくる。姉と叔父、そして祖父と、どうして自分の周りにはこの手の面倒な人が集まるのだろう? 「満留に帰ってもらえばいいでしょ? お母さんと一緒だと、心が休まらないだろうし」 「ん~、それは考えたんだけど、マネージャーがいいって言うかな?」 「だいじょうぶだよ。だって、満留、本当に家事がダメだもん」  満留の料理は明らかに作り慣れていない人間の物で、食材を粗末にしているとしか思えない。更に、彼女は掃除洗濯も余りやらないらしく雑だ。堪りかねたのだろう、夕食の支度は刹那が自主的にやっていた。 「たしかにそうね……  じゃ、もどったら早速マネージャーに頼んで、満留を帰してもらいましょ」 「うん。これで一件落着……とはいかないんだよね?」  黙って刹那は頷いた。 「最後の仕上げが残ってる。ここからはあたしの仕事ね」 「姉さん、わたしたち(・・・・・)、でしょ?」  刹那は微笑んで訂正した。 「そう、御堂姉妹(あたしたち)の副業、ね」
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