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フードコート
「なんでまたフードコートなの?」
「えへへ……なるべくお金は節約しなきゃね。今日は永遠もいないし、あたしたち二人ならバレても大した騒ぎにならないじゃない?」
刹那の言葉に舞桜は溜息を吐いた。
「確かにそうかも知れないけど……でも、せっちゃんは最近、売れてるよね?」
皮肉を込めた口調で言った。
「悪かったわよ、不正をして。ちゃんと反省してるから、もうゆるして」
舞桜は腕を組んだ。
「それだけじゃないよね? 永遠ちゃん、せっちゃんの実の妹じゃなかったじゃない」
今日の舞桜はいつになく厳しい。
「うぅ、あれは成行で、告白するタイミングを失ったのよ」
刹那は身を縮めた。
「猛省しろ」
これは、かつて舞桜の運転が荒くて刹那に言われた台詞だ。
「それにしても、真藤マネージャーの超能力で仕事を取っているのに、人気が大して上がらないのがせっちゃんの凄いところだね」
「どうせあたしは、『御堂の永遠じゃない方』よ」
「卑屈だね……オリジナルの御堂なのに」
「だって、永遠がいなけりゃ、そもそもこんなに役が付かなかったんだから……」
刹那はシュンとしている。
「まぁ、自分から不正はやめたんだから、今回だけはゆるしてあげる」
この言葉に刹那は身を乗り出して舞桜に抱きついた。
「舞桜ちゃん、大好き!」
「ちょ、ちょっとッ、目立つ!」
刹那は身を離すと、ゴメンと言って椅子に座り直した。
今日、舞桜は刹那から事件の報告を受けるためここに来た。
刹那の好意により無料で受けてもらった伏見佳奈の座敷童子の事件なのだが、彼女は最終的な報告をこうしてしてくれる。
「それで座敷童子は、せっちゃんとここにいるの?」
刹那は頷くと、自分の隣の斜め下に視線を向けて微笑んだ。舞桜には何も見えないが、そこに座敷童子がいるのだろう。
「ホントにだいじょうぶ?」
「え? 何が?」
刹那はキョトンとした。
「だって鬼多見さんも言ってたじゃない、座敷童子は破滅をもたらすって。それに佳奈のために声優を襲っていたんでしょ?」
座敷童子は犬や猫ではない。得体の知れない化け物だ、飼い慣らすことなどできるのだろうか。
「襲っていたのは事実だけど、それは宿主の望みを叶えるため。ザッキーには佳奈ちゃんがそれを望んでいないことが伝わっていなかったんだと思う。
でも、あたしの気持ちは伝わっているみたい。
もちろん、今までのことを無視できないのも解るけど、あたしも今は力が必要だから……」
「イジワルなこと言うけど、それもせっちゃんの都合だよね? オーディションと同じことじゃない?」
自分でも嫌な言い方だと思ったが、刹那は親友だ。気を遣って大切な事を言わないのは間違っている。
刹那は少し俯いて沈黙した。舞桜の言葉を咀嚼しているのだろう。
「たしかに舞桜ちゃんの言う通りだね。ザッキーの危険性を認めているのに封印もしないで自分のために利用している……」
「せっちゃんのために、誰かを傷つけることが今後一切無いって言い切れる?」
「うん、あたしはいずれ選択するときが来る。今、言えるのは真藤マネージャーがブレーブにいる限り、ザッキーは人を傷つけないってことだけ……」
そう言うと刹那はスプライトのペッドボトルに口を付けた。
真藤遙香、御堂姉妹のマネージャーで審査員の心を操り、刹那に役を付けていた女性。彼女は宙を自在に駆け回る鬼多見悠輝を凌駕する圧倒的な超能力を持つという。
遙香が刹那に従うように座敷童子をコントロールしているなら、その間は問題は起らないはずだ。
「たしかに、真藤マネージャーがいる間はいいけど……
せっちゃん、だから鬼多見さんと結婚するの?」
刹那は思い切りスプライトを噴き出した。
それを予測していた舞桜は素速く身を躱す、後ろに誰もいないのは確認済みなので被害者は出ない。
「ゲホッ、ゲホッ、な、ゲホッ、なん、ゲホッ、ゲホッ、なんで……」
刹那は激しく咳き込んだ。
「永遠ちゃんから電話があった。『姉さんとおじさんが結婚しますッ、わたしどうしたらいいんでしょう~』って、かなり取り乱してたよ」
舞桜はそれほど永遠と親しいわけではない。にもかかわらず彼女が連絡してきたのは、動揺していたのと、誰に相談していいか判らず今回の件で舞桜が一応依頼者だからだろう。
「永遠のヤツ……
あの子、他になんて言ってたの?」
刹那は何とか落ち着いたようだ。
「社長と荒木マネージャーが結婚を決めたとか、でも会社が決めたわけじゃないとか、せっちゃんと永遠ちゃんが社長になるとか……なんか、支離滅裂でよくわかんなかった。
でも、せっちゃんと鬼多見さんが結婚するんだってことは理解できたし、永遠ちゃんがあれだけ取り乱しているんだから、情報源も信頼できるんだろうって」
「いや、ぜんぜん正確じゃないから!」
「結婚しないの?」
「あ、当たり前でしょッ?」
「そ、ワタシは翔と付き合うことにした」
「舞桜ちゃんがダレと付き合おうと……って、なんだって?」
「だから、翔と付き合うことになったの」
刹那の眼が点になる。
「へ……?」
「だから、天城翔さんのカノジョの一人になったの、ワタシ」
今度は刹那の顔が青ざめていった。
「な、な、何やってんのよ! あの変態探偵には気を付けてって言ったじゃないッ!」
その言葉に舞桜はムッとした。
「翔は変態じゃない」
「舞桜ちゃんはアイツの変態的な面を知らないから……」
「知ってるよ、それなりに経験したし……」
顔が火照ってくる。
「え? なに? なにを経験したの……?」
「こんな所で言えるわけないでしょッ」
舞桜は声を落とした。
「言えないようなことをしたのッ?」
刹那も顔を真っ赤にして声を潜めた。
「舞桜ちゃん、わかってるッ? 自分の言っていることッ。一昨年、どんな目に遭ったか……」
忘れるわけがない、舞桜にとっては最大のトラウマだ。
「それから助けてくれたのは翔だよ」
「だからってまた……そんな火遊びを」
「遊びじゃないッ、本気だよ!」
「本気って……事務所は知ってるの?」
舞桜はちょっと答えに詰まった。
「知らないよ、当然。
でも、女同士なら一緒にいても騒ぎにならないでしょ? 今のワタシたちみたいに」
「そうかも知れないけど……でも、ホテルから出てくるところでも見られたら、スキャンダルのレベルが一気に跳ね上がるわ」
「それはだいじょうぶ、ホテルは使わないことにしている。沙絢さんだってバレなかったんだし……」
「舞桜ちゃん!」
刹那の声が厳しくなった。舞桜の事務所の先輩でもある沖田沙絢が、そのことでどんなに辛い人生を送ったのかは、彼女も痛いほど解っている。
「わかってるよ、沙彩さんの名前を出したのは不謹慎だった。でも、ワタシの気持ちは変わらない。
ワタシは翔の愛を理解したいと思っているから」
「それって、同時に複数の人と付き合うってことでしょ? どう考えても遊ばれているだけよ」
舞桜は首を強く振った。
「翔は違う、一人ひとりに本気なの」
「それって一番信用できないヤツじゃない。眼の前にいる人に『君が一番だ』って言ってるわけでしょ?」
「そんなことは言わない、翔は最初から『自分は全員を等しく愛している』って言うもの。だからワタシも彼女の一番じゃない。そして彼女も、ワタシの一番じゃなくていいんだって」
刹那は眉間に皺を寄せた。
「それって、『セフレ』って言うんじゃないの?」
その言葉に舞桜もさすがにムッとした。
「だから違うってッ。なにも身体だけが目当てじゃないし」
「舞桜ちゃんはそうだろうけど、相手は……」
「翔も違うッ。セックスはお互いの合意の上じゃなきゃしない」
刹那は尚も反論しようとしたが、舞桜はそれを遮った。
「ワタシのことはもういいでしょッ、子どもじゃないんだから自分の行動には自分で責任を持つ。
それよりせっちゃんはどうなの? 鬼多見さんと結婚するの? しないの?」
「だからしないって!」
今度は刹那がムキになった。
「じゃあ、どうして永遠ちゃんが?」
刹那は大きな溜息を吐いた。
「わかった、詳しく話すわ」
諦めたように彼女は語り出した。
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