プロダクションブレーブ

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プロダクションブレーブ

 笹田みくの一件に片が付くと、好恵はブレーブに鬼多見を呼び出し、その場に刹那と永遠、それにチーフマネージャーの早紀と、御堂姉妹のマネージャーの遙香も同席させた。  呼び出しの理由は、刹那の背中に残る傷跡について、悠輝にどう責任を取らせるかを伝えるためだ。この時点で刹那もその内容を把握していなかった。  みくについては、警察沙汰になると森川萌華が出演していたアニメが打ち切られる可能性がある。それはフューチャードリームも、生命(いのち)を狙われた柳生エレン自身も望んでいなかった。  そのため警察に通報しない代わりに笹田みくは事務所との契約解消、表向きは急病扱いの引退だ。色々憶測を呼ぶだろうが、真相よりはマシだとフューチャードリームは判断したらしい。  みくがこのまま大人しくしていれば良いが、彼女の性格を考えるとそうはいかないだろう。  だから遙香が細工をした、彼女が誰かに殺意を抱くと全身に激痛が走り自分が殺される幻覚を視る。本人がその事に気が付くのは、実際に殺意を抱いたときだ。  この処置をみくに施したとき、遙香の顔に冷たい笑みが浮かんでいた。  打ち合わせ直前の捕物になってしまったが、『デーヴァ』の製作スケジュールに影響はない、アフレコも予定通り来月から始まる。 「さてと、鬼多見さん、先だって言ったことを覚えてますね」  好恵が穏やかに言った。 「ええ、御堂が大怪我を負ったのはおれの責任です。どんな責めも受ける覚悟はできています」  好恵は社長用のデスクに座り、その左右に刹那と早紀が立ち。三人の真正面に悠輝は立っている。  そして何故か遙香は応接用のカウチにふんぞり返って座り、永遠は所在なげに部屋の隅に立って様子を見守っていた。 「そんな大げさな……」  刹那が悠輝の大業な物言いに言葉を挟んだ。 「大げさじゃないだろ? おまえはブレイブの大事な商品だ、それがおれのせいで(きず)(もの)になった」 「別におじさんが何かしたわけじゃないじゃ……」 「何もしなかったのが問題だ。本来なら朱理を守るのはおれの務めなのに、いなかったせいでお前が……」 「違うわ、あたしの務めよ」  カウチでふんぞり返っていた遙香が首だけ悠輝に向けた。 「あたしが担当のマネージャーで、あたしが母親なんだから」 「でも、姉貴はあの時……」 「ハワイにいたわよ。だからって、朱理を守る義務から解放されてたわけじゃないわ。  まぁ、刹那を疵物にした責任はあんたが取りなさい」 「朱理の責任は?」 「だから、そっちはあたしよ」  悠輝は眼を(すが)めた。 「マネージャー、あたしの責任も持って……」  刹那が淋しそうな顔をして自分を指さす。 「まぁ、ハルちゃんはとにかく仕事して。声優部門に移籍を希望している()が、二〇名以上ほったらかしなんだから」  好恵の言葉に遙香は眼を閉じて溜息を吐いた。 「わかりました、この話が終わったら早速面接の手配をして、どの()を移籍させるか決めます」 「ちゃんと面倒見てよ」 「はい……」  早紀が思わず微笑む。 「(ねん)()の納め時ですね」 「早紀ちゃんの意見も聞かせて」 「先輩、そんなこと言って、全部私の言った通りにするつもりじゃありません?」  遙香はニヤリと笑った。 「イヤねぇ、あくまで参考よ。チーフマネージャーの意向を無視できないじゃない? たまたま一致することは大いにあり得るけど」  遙香は驚くほど労働意欲がない。 「それじゃあ、鬼多見さんの責任の取り方ね」  好恵は言葉を止めて悠輝の眼を見つめた。 「在り来たりだけど、せっちゃんの面倒を一生見てもらおうかしら」 「はぁッ?」 「えッ?」  御堂姉妹が同時に声を上げた。 「な、な、な、な、なに言ってんのよッ、おばさん!」  顔を真っ赤にして刹那が詰めよる。 「何って、『せっちゃんをお嫁にもらって』て言ったのよ」 「だからッ、なんでそうなるのッ? あたし、アイドルよ!」 「いや、違うでしょ。永遠ちゃんは、間違いなく声ドルだけど」  好恵は涼しい顔で刹那に答える。 「そういう問題じゃなくてッ。ってか、事務所がそんな責任の取り方させる?  あたしの人権は? そもそも親だって……」 「せっちゃんの人権はともかく、お父さんたちには許可を取ってあるわ」 「なッ?」 「もうハルちゃんの能力(ちから)に頼らないんでしょ?」 「そ、そうだけど、それが……」  話が突然変わり刹那は戸惑った。 「つまり声優を辞めるってことよね?」 「いや、辞めないから!」 「う~ん、難しいわね」  と言って早紀に視線を向ける。  早紀は溜息で同意を示した。 「ちょっとッ、早紀おねえちゃん!」 「今までのオーディションの結果からも、遙香先輩の力抜きでは、今後の活動は絶望的です」  感情のない冷静な声で早紀は答える。 「マネージャーッ?」  今度は遙香に刹那は助けを求めた。 「そんな顔しないでよ。あたしの助けも座敷童子の能力(ちから)も使わないんじゃ、どうにもならないわ」 「断言しないでよ」  刹那は涙目だ。 「ね、姉さん……」 「永遠ぁ!」  期待を込めた眼差しを妹に向ける。 「……………………………」  何とかフォローしようと言葉を探したが、何も見つかないのだ。 「なにか言ってぇ!」 「ごめん……」 「あやまらないでよぉ!」  刹那はガックリと肩を落とした。 「まぁ、そんなわけだから、ハルちゃんを手伝ってマネジメントもこれからはやって」  刹那は顔を上げた。 「マネジメント()?」 「ええ、声優を続けても充分時間はあるだろうから」 「何か複雑……」 「ね、姉さんよかったね!」  無理に笑顔を作って刹那を盛り上げようとする。 「永遠、そんなにムリしなくていいから……  でも、どうして副業(・・)じゃなくてマネジメントなの?」  悠輝と結婚するなら、拝み屋に集中しろと言われそうなものだ。 「そもそも、それが目的でせっちゃんをウチの事務所に入れたんだもの」 「あたしにマネージャーをやらせたかったの?」  刹那は本来裏方要員だったのだろうか。 「違います、社長はあなたに跡を継がせるつもりで所属させたんです」 「えぇ!」  刹那は眼を見開いた。 「早紀おねえちゃんが継ぐんじゃないの?」  永遠も驚いて口をポカンと開けている。彼女も刹那が跡取りとは考えていなかったのだ。 「いえ、私はいずれ独立するつもりなので」 「それって言っていいの?」  社長の前だ。 「いいも何も、面接の時から早紀ちゃんそう言っていたし」  ケロッとした顔で好恵が補足する。 「それって面接で言う? ってか、そんなこと言う人、採る?」 「それぐらいの覇気がなきゃ、この業界で生きていけないわよ」 「先輩は例外ですけど」 「あたし、生きていくつもりなんて無いから。早く辞めたいし」  早紀が視線を向けると、遙香はヒラヒラと手を振った。  それを見た好恵が、「辞めさせないわよ」と(けん)(せい)する。 「あの、それで、おじさんの責任が、どうして姉さんと結婚することになるんですか?」  永遠は、刹那がブレーブの跡継ぎであることも驚いているが、それ以上に悠輝の責任の取り方が、刹那と結婚することなのか理解できないのだ。 「ん? 気になる?」  ニヤニヤと好恵は笑みを浮かべる。 「それはそうでしょうッ、いきなり姉さんとおじさんが結婚するって話になってるんですよ!」 「そういう言い方すると、親近相姦感が半端ないわね……」  ウンザリした顔を遙香がする。 「お母さんだって、もっと驚いたら……」  そこで永遠はハッとした。遙香がこの事を知らないわけがないのだ。 「そりゃ、あなたたちのマネージャーだから」  当然と言わんばかりの口調だ。 「おじさんも?」  悠輝は、先程から眉一つ動かさず沈黙している。 「いや、おれは初めて聞いた」 「だったら、もっと動揺してよ!」  悠輝は呆れ顔で永遠を見た。 「おまえはそんなに動揺するな」 「そうよ、おじさんと刹那が結婚したっておじさんは叔父さんだし、刹那は姉さんなんだから。声優を辞めない間は、ね?」 「もうすぐ辞める、みたいな言い方はよして!」  遙香の言葉に刹那がまたもや悲鳴を上げる。 「そんなこと言わずに、マネジメントに本腰を入れなさい」 「その言葉、そっくりマネージャーに返します!」 「それには私も同意するわ」 「私もです」  刹那のツッコミに間髪を入れず好恵と早紀が同意する。 「ハルちゃんには、せっちゃんを支えてガンバってもらわないとね」  好恵の言葉に遙香は露骨に顔を(しか)める。 「え~ッ、イヤですよ! 早紀ちゃんが起こした事務所と張りあうことになるんでしょ? 絶対に勝てません」 「また、そんなことを。先輩が本気を出したら、どうあがこうが私なんて一溜まりもないじゃないですか」 「本気を出せばでしょ? あたし、本気で働く気なんてないもの」  お願いだから本気で仕事して、と呟く好恵の言葉を聞いて永遠は頭を抱えた。我が親ながら恥ずかしいのだ。  その一方で、母が本気を出さないことを誰よりも祈っているのも永遠だ。遙香が本気を出したなら、オーディションでブレイブのタレントは全員合格し、営業も百パーセント成功するだろう。でも、それは絶対に間違っている。  とは言え、永遠はTPOを考える。社長とチーフマネージャーの前で言うことではない。 「永遠もあたしが本気を出さないことを願っています」  遙香の言葉に好恵たちの視線が今度は永遠に集中する。 「なんで言うのッ?」と彼女の瞳が母に訴えかける。 「あ、あの……やっぱり、ズルイって言うか……卑怯って言うか……その……」 「永遠はマジメだからね」  刹那は苦笑した。  溜息を吐きつつ好恵はぼやく。 「まぁ、永遠ちゃんを人質に取っている限り、ハルちゃんも多少は仕事してくれるから良しとしましょ。それだけでも、ウチは大助かりだわ」 「わたし、人質なんだ……」  思わず永遠が呟いた。 「何より副業をするときの安全性が段違いだし、今まで以上に高値を吹っかけられる」 「そんなコトしてたの、おばさんッ?」  刹那が眼を(みは)る。 「ハルちゃんの人件費まかなわなけりゃならないし、それに以前よりも厄介な案件も受けてるからね」  たしかに遙香がいれば、たいていの案件は解決できる。しかし、なんと言っても彼女は基本やる気がない。 「あたしは安くないのよ」  遙香が胸を張る。 「そ、安くないの! だから、あなたが鬼多見さんと結婚してくれると、叔母さん(・・・・)は安心なのッ」  唐突に結婚の話題に戻り刹那の顔が引き()った。 「な、何でそうなるのよッ?」 「正直、ハルちゃんは頼りになるけど当てにならないところがあるし、仕事の切れ目が縁の切れ目になりかねないわ。  でも、あなたの霊力は一生付いてまわる。なのに座敷童子まで背負い込んで……  せっちゃんを守ってくれる人が必要だと判断するのは当然でしょ?  しかも将来のことを考えて無料(・・)でやってもらうとなると、人材と手段は限られる」 「だから勝手すぎますッ、あたしの気持ちは……」 「もちろん、あなたが嫌なら強制はしない。と言うか、さすがにできないわ。たとえ事務所の方針でもね」 「そもそもこれは事務所の方針でもありません」  好恵の言葉を早紀が補った。 「そう、これはあくまで私の願望。  ただ、鬼多見さんには何らかの責任は取ってもらいたいから、結婚が嫌なら座敷童子に関して一生サポートしてもらう事で手を打つわ」  そう言って悠輝に同意を求めるため視線を向ける。 「おれはどちらでも構わない」  相変わらず表情も変えずに同意する。 「ちょっとッ、こんな大事なこと、そんなにアッサリ同意していいのッ?」  刹那が思わず身を乗り出す。 「アッサリじゃない、社長とサキねえちゃんに責任を取るって言った時点で、どんな要望でも受ける覚悟はしていた」 「それじゃ鬼多見さんの意思は?」 「おれの意志(・・)は責任を取ることだ」 「好きでもないのに義務感だけで結婚されたって嬉しくない!」  刹那の言葉に悠輝は微笑んだ。 「何がおかしいのッ?」 「いや、おまえらしいと思ってさ」 「え?」 「そういうところは朱理にソックリだ」 「だから何?」 「いや、何でもない。  社長、一つ確認させてくれ。おれが一昨年の事件で何をしたか、理解した上で言っているんですね?」  悠輝はアークソサエティを壊滅させた事件を言っている。この事件で彼は多くの信者を手に()けた。 「ええ、知っているわ。ハルちゃんからも、あの事件については詳しく聞いたから」 「なら、どうして?  普通なら、かわいい姪と結婚させるどころか、近づけたくもないはずだ」  好恵は悠輝の鋭い視線を静に受け止めた。 「そうね、どんな理由があれ、あなたのしたことはゆるされない。座敷童子のした事とは比較にならないわ。本当なら、もう関わりを持ちたくはないわね」  歯に衣着せぬ言葉に、刹那が何か言いかけたが、それより早く好恵が言葉を続けた。 「でも、さっきも言った通り、せっちゃんを守ろうとしたら選択肢は多くはない。それでハルちゃんに、あなたの人間性を確認したの」 「身内が言っていることに信憑性はない」  その言葉に好恵は遙香に視線を向けて微笑んだ。 「ホント、ハルちゃんの言う通りだわ。あなたは自分を絶対に認めないって」  悠輝は遙香を睨んだ。 「それに私が一番信頼している人間も、あなたのことを高く評価したの。だから大切な姪を託すことにした」 「サキねえちゃんが知っているのは、小学生のおれだ」 「二〇年近く経っても変わってなかったらしいわ。家族をとても大事にして、自分がどんなに傷ついても守ろうとする。  なら、その人と家族になれば絶対に守ってくれるでしょ」 「別に結婚しなくたって、座敷童子の事はおれが責任を持つ」  そこで言葉を切って、悠輝は刹那を見つめた。 「さぁ、ボールはおまえが持っている。  どうなんだ? 御堂、おまえはどうしたい?」 「そんなのイヤに決まってんじゃない!  鬼多見さんがあたしに惚れたっていうんならまだしも、責任や義務で結婚なんてしてほしくない!」  刹那は悠輝を「おじさん」ではなく、「鬼多見さん」と呼んでいることに気が付いていなかった。  しかし、好恵を始め、勘の鋭い他のメンバーはその変化を察知していた。 「まぁ、すぐに答えを出さなくていいわ。あくまで今回の目的は私の考えをせっちゃんと鬼多見さん、それに永遠ちゃんに伝えることだから」 「そもそもこれって、おばさんの個人的な考えでしょ? 社長としてそれでいいわけ?」  刹那の怒りは収っていない。 「だいじょうぶよ、早紀ちゃんが、いいって言ったから」 「なんで早紀お姉ちゃんに決定権があるのよ!」 「だって、せっちゃんを(ひい)()すると一番怒るのが早紀ちゃんだもの」  確かに正しい判断だ。 「何で今回に限って反対しなかったのッ?」  今度は早紀を問いただす。 「当然です、このまま放って置いたら、あなたの命がいくつあっても足りません。  それに相手が悠輝くんなら、妹と弟が結婚するみたいで私も安心です」 「それも個人的な理由でしょッ。ってか、妹と弟が結婚するから安心ってナニッ? むしろ不安しかないわ!」  刹那の感想に永遠も賛成なのだろう、しきりに頷いている。 「とにかく、あなたはブレーブの次期社長です。そのため背負わなければならない責任や義務があります。あなたに万が一のことがあったら社員や所属タレントが路頭に迷うことになりかねません」 「あたしに何かあったら他の誰かに任せればいいわ。早紀お姉ちゃんがやらないなら、永遠だって……」 「ダメだ」  意外にも遮ったのは悠輝だ。 「朱理は真藤家の長女だ。いずれ、義兄(あに)の会社を継がなければならない」 「えッ、そうなのッ?」  永遠が再び驚きの声を挙げた。 「そりゃそうでしょ? まさか紫織に継げっていうの? 確実に倒産させるわよ」  確かに彼女に任せたら英明の会社は間違いなく潰れる。 「でも、わたし、声優を……」 「あ~心配しないで当面は続けてだいじょうぶ、お父さんだって元気だし。  それに女性声優の寿命は短いから、どんなに長くても二〇年後には、あんたも刹那たちの気持ちが骨身に染みて解っているわ」  嫌なことをしれっと言う。 「それじゃ、この辺でお開きにしましょうか」
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