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「君は建国伝説を体現する存在と、保護区で教えただろう?」  逆に王子はベッドに座った。彼は何とも思っていないようだった。 「王家としては、君を手もとに置きたい。一番いいのは世つぎである兄の妻になることだけど、兄にはすでに妻がいて、ふたりは仲がいい。となると兄の愛妾になるより、私の妻になった方がいい。幸いにして、私たちは年齢が近い」  レートは何かのビジネスについて語っているようだ。 「君にも、いい取り引きだ。私のそばで異世界についてしゃべるだけで、働かずに遊んで暮らせる。豪華な城で暮らし、美しいドレスを着て、大勢の人たちからかしずかれて」 「いい取り引きではありません!」  瞳は足をふんばって、反撃を開始した。レートは少し驚く。 「私はリオノスの話をするために、城に来たのです。あなたと結婚するなんて聞いていません」  リオノスとともに、保護区の優しい人たちに囲まれて生きる以上の幸福は、瞳にはない。それに瞳の結婚相手はシフォンだ。 「おとといも昨日も、私は君を口説くつもりだった。なのに君は赤ちゃんみたいに、すやすやと眠っていたんだ」  レートは苦虫をかみつぶす。 「だましたのですね!?」  瞳は怒り心頭に発し、レートを責める。彼は平然としていた。 「君や保護区の人間にとって、不利なことはしていない。父も兄も、建国伝説に出てくる聖獣リオノスの保護を、おろそかにしない」  話しあうだけ無駄だ。瞳は口を引き結んで、ベッド脇に置いているカバンからコートを取り出す。ネグリジェの上からコートを着こみ、カバンを持つ。速足で部屋から出て行こうとした。 「どこへ行く?」  レートが不機嫌な顔で、瞳の腕をつかむ。 「保護区へ帰ります」  瞳は乱暴に振り払った。彼はバカにするように笑った。 「君ひとりで、どうやって?」 「お金ならあります。そのお金で馬車に乗って移動し、夜は宿屋に泊まります」 「女の子ひとりで旅をするのか? おそってくださいと誘っているようなものだ」  王子は苦笑した。瞳は動揺せずに言いかえす。 「男ものの服と帽子があるから、男装します」 「すぐにばれるさ」 「ならば手紙を出して、シフォンさんが迎えに来るのを、首都の宿屋で待ちます」 「手紙? 文字が書けるのか?」  レートは青色の両目を丸くした。 「私は書けません。でも手紙は用意してもらっています」  あらゆる事態を想定して、シフォンはたくさんの手紙を書いた。なので瞳はそのうちのひとつを選んで、郵便局へ持っていけばいい。 「もしも途中でお金がなくなっても、私は働きます。職業案内所の看板は知っているし、地図も持っています」  瞳は、昨日の首都観光でレストランの場所も郵便局の場所も分かっていた。またメイドたちは親切にも、あの通りは治安が悪い、近づくなといった情報も瞳に与えた。  さらに瞳は、首都に住むシフォンの友人や知り合いを頼る手もある。シフォンの書いた紹介状は、かばんに入っている。また瞳には、旅の間で仲よくなった王子の召使いたちを頼る手もあった。 「国王陛下にお目通りさせていただき、ありがとうございました。私はこれにて失礼します」  瞳は、王子に背中を向けて歩き出す。無事に帰れないのではないかという保護区の大人たちの懸念は、現実のものとなった。だが彼らの準備したものが、――ゆるぎない愛情が瞳を守る。だから必ず、瞳は保護区へ帰るのだ。部屋の扉にたどり着くと、再び腕を取られる。 「君と夜を過ごして、父や兄に紹介した後で逃げられたら、とんでもないはじをかく」  レートは怒っていた。瞳は彼の手を振りほどこうとしたが、男の力は強かった。 「離して!」  瞳はレートをにらむ。 「うるさい! 部屋から出さないからな」  彼は瞳を床に突き飛ばした。瞳は転がり、すぐに立ち上がって、かばんをつかみ扉へ走る。 「このくそガキ」  レートは瞳を捕まえて、床に押し倒す。 「お前なんか女じゃない、よだれかけでもしておけ」 「何よ、童顔のくせに」  瞳はむかっとして、王子の顔をひっかいた。王子も、ますます腹を立てる。 「お前だって童顔だろ、――痛い!」  いきなり彼は顔をしかめた。彼の手に、金色のふさふさした毛玉がかみついている。瞳はびっくりして毛玉を見る。小型犬のチワワだ。チワワは口を離すと、ぐるるとうなってレートをにらむ。  この犬には見覚えがあった。日本で、クラスメイトたちにけられていたところを助けた犬だ。悲しいことに犬は死んでしまったが。その犬がなぜここにいて、しかも背には白い翼が生えているのか? 「モフオン!?」  レートが驚いてさけぶと、白い翼のついた天使のチワワは、もおーんと声を上げた。金色に輝き、輪郭が溶けていく。強い光の中から、巨大な前足が飛び出る。ついで現れる、幻想的な青の瞳と立派なたてがみ。 「サラ!」  瞳は呼んだ。七色に変化する、力強い翼。しなやかな背にしがみついたシフォン。サラは軽やかに、部屋の床に着地した。  シフォンがすぐに、床に転がっている瞳と王子を見つける。シフォンの顔はこわばり、緑色の両目が怒りに燃え上がった。彼はサラから飛び降りて、レートを瞳から引きはがす。 「え?」  とまどうレートの胸ぐらをつかみ、シフォンは思いきり王子をなぐりつけた。
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