1-2

1/1
129人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ

1-2

 リオノスは、太古の昔から存在する幻獣の一種だ。建国伝説に登場するため、聖獣とも呼ばれる。姿はライオンに似ている。だがリオノスには、オスにもメスにも立派なたてがみがある。金色の毛に覆われた姿を朝焼けの中で見ると、神々しいとさえ感じられる。  目の色はさまざまで、――青が多いが、緑、黒、黄などがある。草食性で、気性は穏やかだ。人にもよく慣れる。なので保護区には、柵を設けていない。たまにリオノスは村に出て人々を驚かせたり、逆に村の子どもたちが保護区に忍びこんだりする。  けれど村の大人たちは、リオノスを山に閉じこめてほしいと主張する。それは、リオノスが巨体だからだ。口を開ければ、――実際にはそんなことはしないが、人間の子どもぐらい丸のみできる。  さらにリオノスの背には、白鳥のように美しい一対の翼がある。翼は大きく全長の約二倍あるが、数十年前まではもっと大きかった。 「昔、リオノスは、全長の何十倍もある翼で空を飛んでいた。空から落ちてくる白い羽を、よく拾ったものだ」  祖父や老人たちは懐かしそうに語る。しかしシフォンを含め若者たちは、空を飛ぶリオノスを見たことはない。今では、翼のない子どもも生まれてくる。さびしいことだが、翼は退化して、このまま消えていくだろう。  シフォンがガトーたちに教えられた場所へ行くと、問題の親子は気持ちよく昼寝をしていた。そばには小川が流れ、風が草花を揺らしている。日は高いが大樹が影を作って、親子はそこで寄り添っている。  リオノスの母親と、二匹のリオノスの子どもと、ひとりの人間の子どもだ。寝そべる母親に、人間の子どもはリオノスの子どもたちとともに身を預けている。なんとも牧歌的な光景だ。  子どもは、十五才ほどの少女に見えた。話に聞いたとおり、黒髪の長さはばらばらで、服からのぞく手足には手当てのあとがある。幼い顔にも傷が残って、痛々しい。  だがシフォンを安心させることに、顔の血色はいい。満足と言えないまでも、食事は取れているのだろう。シフォンは足音をしのばせて、すやすやと眠る親子に近づいた。リオノスの母親、――サラが目を覚ます。幻想的な青の瞳で、こちらを見つめた。 「こんにちは、サラ。その子どもは、どこで拾ってきたのかい?」  シフォンは姿勢を低くして話しかける。リオノスは面倒見のいい幻獣だ。自分の子どもでなくても、同じ種族でなくても、親のいない子どもを拾い育てる。過去には、羊、馬、牛などを育てた例がある。  しかし、人間の子どもは初めてだろう。文献にも、そのような例はない。しかも、子どもの素性が分からない。村でたずねても、誰も子どものことが分からなかった。見た目から外国人に思えるが、言葉は通じるらしい。  シフォンの問いかけに、サラは答えない。おしはかるように、じっと見つめている。すると、サラの子どもたちが目を覚ました。人間の少女はシフォンに気づいて、黒色の両目を見はる。警戒するように、顔をこわばらせた。  対してリオノスの子どもたちは、わくわくと瞳を光らせてしっぽを振る。 「やぁ」  嫌な予感がしつつも、シフォンは笑った。リオノスの子どもたちが、喜んで駆け出してくる。大きさは大型犬程度。前足で、どーんとシフォンを押し倒す。足の裏には肉球があり、紫がかった黒色でぷにぷにしている。  子どもたちはシフォンの上にのって、顔をべろべろとなめる。リオノスの子どもたちにとって、シフォンはかっこうのおもちゃだった。保護区で働く人々の中で一番若いために、もっともなめられている。  実際に物理的にも、ざらざらした舌でなめられているが。顔も眼鏡もなめられて、ときには髪も食べられる。しばらくおとなしくなめられた後で、シフォンは起き上がった。眼鏡を外して、こげ茶色の髪を整えてから、人間の少女に話しかける。 「初めまして、お嬢さん」  少女は不安げに、サラを見る。サラは少女に顔を向けて、片方の翼で少女をシフォンの方へ押し出す。けれど少女は足を踏ん張り、サラに甘えるように抱きついた。少女は完全に、リオノスの子どもになっていた。シフォンの想像以上に、サラになつき依存している。 「僕はシフォン。リオノスの研究をやっている」  シフォンは自己紹介をした。まとわりつくリオノスの子どもたちの背中をなでながら、問いかける。 「君の名前を教えてくれないか?」  少女はだんまりだ。告白したら、自身に危険なことが起こると考えている顔だ。強く質問すれば、泣くか逃げるかするだろう。シフォンは、できるだけ優しい笑顔を作った。 「ふもとの集落で、君のけがを治療したお医者さんたちを覚えているかい?」  少女は迷ったすえに、うなずく。 「彼らは君を心配している。けがの具合はどうか、食べものはあるのか、どこで寝ているのか」  シフォンは、そっと手を差し出した。人間に傷つけられた動物と接するときのように。 「集落に戻らないか? 戻るのが嫌ならば、ここまでお医者さんたちに来てもらってもいい。もしくは集落に戻っても、けがの治療を受けたらすぐに帰ってもいい」  話した後で、辛抱強く少女の返事を待つ。少女は再び、サラに視線で問うた。サラは立ち上がる。のそのそと、ふもとへ降りていった。それを少女と、二匹の子どもたちが追いかける。シフォンはほっとした。サラが少女を、集落へ連れて行ってくれるようだ。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!