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目が覚めた。
ぼんやりと映る見知らぬ天井に『楪恭ノ介 』が何度か瞬きを繰り返せば、少しずつ輪郭がはっきりしてくる。
自分は今どこにいるのだろう?
天井の木目を眺めているうちに記憶が蘇ってきた恭ノ介は「……あぁ」と少し掠れた声で呟いた。
ようやく思い出したのだ。
「そうか、ここは俺の家か」
ゆっくりと夜具から上体を起こし、ガリガリと頭を掻く。
寝床を片付けていると、表に人の気配がした。
「起きてなさるかね?」
「暫し待たれよ」
からりと障子戸を開けると、そこに褞袍姿の中年の男が立っていた。
「すまんねぇ旦那。ちぃとばかし早いかと思ったんだが」
「いや、ちょうど目が覚めた頃合であった」
目の前の褞袍男。この男が自分の恩人である事を思い出し、恭ノ介はぺこりと頭を下げた。
「そう言えばきちんと礼を言っておらなんだな。其方に拾ってもらえて命拾いした。忝ない」
「やめてくだせぇよ、水臭い」
褞袍男が苦笑して手を振る。
「袖振り合うも多生の縁と言いやす。それに春先とはいえ、まだ夜は冷えまさぁ。あっしが見捨てて旦那が仏になったなんて事になったら寝覚めが悪くて仕方ありやせんや」
口は悪いが性根は善良なのだろう。そう分かる物言いに恭ノ介の気持ちも綻ぶ。
「して、拙者に何か」
「おっと、いけねぇ」
つるりと顔を撫でた男が半身を引いた。
「旦那、昨日から何も食べてないだろう? よかったらうちで朝餉をどうかと思ってね」
朝餉、と聞いて恭ノ介の腹の虫が鳴いた。
「……済まぬ。正直言うと昨日どころか一昨日辺りから何も食べておらんかった」
一昨日で路銀が尽きていた。
「あんな所でへばってたから見当はついてたがね。まぁ所詮はこんな貧乏長屋、そう凝ったもんは出せやせんが腹の足しにゃあなりましょうよ」
「何から何まで世話になる」
「なぁに、困った時はお互い様でさぁ」
そう言ってくるりと踵を返した男の後を追って外へ出た。
【夜具】寝具。布団。
【褞袍】膝丈くらいまでの綿入りの羽織物。
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