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「拙者は楪 恭ノ介と申す。昨晩、此方の菊五郎殿に拾われてな。この長屋に住まう事と相成った」
「あたい、お梅」
「……棗太」
「お梅と棗太か。今後よしなに頼む」
「旦那、子供相手に畏まる事ぁありやせんぜ。それに何ですね、拾われただなんて犬や猫の仔じゃあるまいし」
「だが本当の事だしなぁ」
のほほんとした風情に菊五郎だけでなく子供達も毒気を抜かれたらしい。
「ゆずりは、さま?」
目線を合わせてしゃがみ込んだ恭ノ介にきょとんとする二人。
「様などと偉い身分ではないがな」
「お侍さん相手に町人風情が呼び捨ても出来ねぇでしょうよ」
呆れた声が上から水音と共に降ってくる。
「まぁ、致し方あるまいな」
恭ノ介も苦笑して立ち上がった。
「旦那、お先にどうぞ」
「水をだいぶ汚しそうだからな。拙者は後でよい」
「そしたらまた汲み直しまさぁ」
菊五郎に譲る気が無いのを悟り、恭ノ介はありがたく手とついでに顔を洗わせてもらった。
「ゆずりはさま、あい」
「おぉ、済まぬな」
お梅が差し出した手拭いで濡れた手と顔を拭う。
「すっきりしたとこで飯といきやしょうや」
揃って戻るとすっかり膳の用意が出来ていた。
「おぉ、これは美味そうだ」
「お侍さんの口に合うか……」
「謙遜召されるな。お楓殿と言ったか。其方は料理上手なのだな。馳走になる」
「姉ちゃんのご飯、おいしいの!」
「お梅まで、もう!」
お櫃から飯をよそうお楓がほんのりと耳を染める。やや突慳貪に渡された飯茶碗を受け取り、恭ノ介は仲睦まじい家族を微笑ましそうに眺めた。
【お櫃】飯櫃。炊き上がった飯を保存しておく容器。
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