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ノスタルジアを食す
平和な朝だ。
寒空のなかを泳ぐように鳩が飛び交い、薄雲に霞んだ朝日を受けて街路樹がやわらかに光る。
煉瓦造りの建物に囲まれた広場の花壇に立って、私は行き交う人々を見下ろしていた。一人の少女が軽やかな足取りで歩いている。彼女が、くるりと振り返り、友人であるらしい少年に話しかけた。
A「じゃ~ん。ついに買えたんだ」
B「お、ムッター・ブロットのホットドッグじゃん。いっつもすっごい行列できてるとこ」
A「今日は珍しく早起きできたから行ってみたんだ。でもほんと並ばされた」
B「いいなーうまそう」
A「一口いる?」
そのとき、空に数機の飛行機が現れた。エンジン音は次第に大きくなり、耳をつんざくように……。
突然、少女の髪が白くなる。水気のあった頬は萎み、瞳が濁る。太陽が白く強く輝きだし、その光の洪水は一瞬にして全てのものを飲み込んだ……。
暗転。静かな月の下、大きな瓦礫が怪獣のような影を落とす。
白髪のお婆さんが私の根元で眠っている。
戻ってきた。現実世界に。
私は思い出を喰う木。だが、泥沼戦争で荒廃している今のご時世、栄養満点のいい思い出なんて滅多にお目にかかれない。このお婆さんもこれっぽちしか持っていなかった。
あと何ヶ月もつだろう。葉がすっかり抜け落ちてしまった枝を見て、私は溜息をついた。
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