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日が昇った。エルフはカエルをベッドの下に置いて本を読みだした。金色の髪先が本の文字を円く撫でる。 彼は家のレンガの数を数えだした。100個目を数えたところで、この部屋にはベッド以外何もないことに気がついた。あとは軽く本と服が積まれているだけ。 飯はどうしているのかエルフに聞こうとしたが、集中して本を読んでいる彼女を見てやめた。彼は再びレンガの数を数えだした。 翼竜が夕焼けの影に羽ばたく頃、エルフが突然、本に目を落としたまま、あ、と言った。む、と彼は思う。その間投詞が妙に間抜けていたからだ。フェアリーの愛想笑いのようなわざとらしさを彼は感じた。 「どうした」彼は、レンガの数を数え終わって、携帯に向けていた顔をその愛人の方へ向ける。 エルフは本を閉じて、ベッドの下に手を伸ばし、黒い箱を取り出した。そうして、柔らかい胸のふくらみを彼の方へ向け、それを挟むように両手を伸ばし、その黒い箱を彼に渡した。彼女はニヤリと微笑した。 彼は、そういえば今日はバレンタインデーだったか、と思い出した。そうして、その黒い箱を受け取った。箱は彼の両掌に収まる程の大きさだ。 「ありがとう」とだけ言ったが、彼女の微笑と、彼女のエメラルドグリーンの瞳が黒い箱をじっと見続けていることを奇妙だと思った。それは早く箱を開けてほしいからだと、彼はすぐ解釈した。そうして、彼は黒い箱を顔前に持ってきて、指先で1回転させた後、丁寧に開けた。すると、ぷーん、と音を立てて、中から蝿が1匹飛んで出てきた。 飛んだ蝿は部屋の中をしばらく旋回した。彼は物憂げな表情でそれを見ていた。ついに、蝿は湿った窓ガラスに落ち着いた。彼は、ほっと胸を撫で下ろして、そうして箱の中を見た。 箱の中には何も入っていなかった。そうか、と彼は頭を掻いて、困惑の表情でエルフの瞳を見つめた。 エルフのエメラルドグリーンに輝く瞳は、うふふ、と笑っていた。エルフは彼を見つめた後、視線を箱に移して、そうして再び、うふふ、と笑った。 彼は再び箱を覗く。すると、箱の奥底に小さくて黒いなにかがあることに彼は気がついた。箱を傾けて、手に取り出してみると、それは蝿の死骸であった。羽は乾燥してぼろぼろで、頭が落ちかけの葉っぱのようにぶらぶらしている。 彼が、げぇっと苦い顔をすると、その愛人はうふふ、とまた微笑した。
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