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ゆるやかな丘一面に、色とりどりの花が植えられて、まるで花の絨毯。
吹き抜ける風にも花の香りが含まれて、思わずうっとりと風景にひたる。
「きれいね」
「はい」
花畑の中を通れる遊歩道を、とくに急がずゆっくりと進む。
丘の幾つかにはそこそこの大木もあり、太い枝に作り付けられているのは手作りのブランコだ。
子供たちのはしゃぐ声が、丘に響き渡る。
空は気持ちよく晴れ渡り、日差しは暖かい。のどかで穏やかで、眠気を誘うほどの、平穏な日々。
歩くたびに、軽いスカートの裾がはためく。ショートブーツは柔らかく軽く、とても足が軽い。
青い空にぽっかり浮かぶ、白い雲。
風でさざめく花たちが、まるでクスクス笑っているかのよう。
子供たちに抱き着かれて、ぐったりしている人物の元へとたどり着く。
つい、笑ってしまうと、じろりと睨まれた。
子供たちがこちらに気付く。
「おねーちゃ!」
「おねちゃ〜」
わらわらと、飛びついてくる子供たちを慌てて受け止めた。まだ五歳くらいの幼い子供たち。
「……みんな、そろそろお家に戻りましょうか」
「えー」
「まだ、あそぶ」
「ぶー」
「ええと」
困っていると、後ろから手が伸びてきて、片腕に子供を抱え上げた。
「こわねーちゃ!」
「わー」
「いーな、いーな」
「帰らないと、おやつが食べられないぞ?」
女性ながら力持ちな彼女も、最近は子供たちのあしらいが分かってきたようだ。
最初はとても、戸惑っていたのに。
「かえるー」
「おやつ」
騒がしい子供たちをうまく誘導し、帰路につく。
「……」
穏やかな眼差しで無邪気な子供たちを見送る彼に、自然と胸を押さえていた。
「……あ、の」
お礼も、謝罪も、たくさんした。でも全然足りない気がするのだ。
この穏やかな、平和な暮らしを……自分が享受しても良いのかと。
それ以上を、望んでもいいのかと。
言葉を探して考え込んでいると、とうとう彼が立ち上がった。もう、戻ってしまうようだ。
相変わらず──まっすぐに人を見る瞳に、吸い込まれそうで。
(……言わ、なきゃ)
何も言わず、何もしなかったから間違えた。でも、もう。
勇気を、振り絞れる。
「わたし……っ、第二夫人でもいいわ!」
風がピタリと止んだ。
ながい長い───沈黙が降りた。
「………………は?」
「返事はいつでもいいからっ、それだけ……っ」
くるりと身をひるがえし、真っ赤になって走り去る姿を、唖然と見送る。
見送ってしまう。
「……いや──……なんで? ……??」
嫌っていたし、殺そうとした相手に、なんでそうなるのかが理解できない。
身動きもできず、彼は長い事、その場に立ち尽くしていた。
✱ ✱ 終わり ✱ ✱
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