火の鳥と精霊特使団

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食事の煙だろうか。 呑気にそんな事を考えるリュウキ以外の者は、馬上で警戒し始める。 耳の良い者は音で、鼻が効く者は匂いで察知する。 森の切れ目が目の先にあり、見晴らしが良くなるように集落の入り口は拓けている。 集落を囲む土の壁と、開いたままの木製の門がよく見えていた。 「……人数は」 「多イ、20人以上イヤガル……チッ、裏ニ回ル!」 小さく叫んでワーニだけ、集落の壁の外側を大きく迂回して行く。 「リュウキはここで待機」 「ん」 「赤月」 「了解」 短いやりとりだけで、レテューと黒蛇だけ馬から降り、集落に走って行く。 何か非常事態なのだと、遅れて気付いた。翼馬は平然としているし、宇迦も何も言ってこない。 (……神子には、危険はありませぬ故) (……) 「リューキ様は私が守りますニャ!」 いつでも飛び出せるよう臨戦態勢をとるミューレイの頭を撫でつつ、多分護衛に残った赤月を見る。 彼も馬から降りていたが、落ち着いている。 「集落の中で、争う音がしている。ただ……」 「?」 分からないなら見た方が早い。集落は目の前だ。リュウキは視界を飛ばす──茅葺きのような屋根に木造の平屋の家が建ち並び、いくつか民家が燃えていた。 時々バチりと爆発音が弾け、悲鳴があがる。農具を握りしめ家の前で震える住民と、同じく農具を振りかざし、襲いかかる住民と……家の奥で震える子供。 人種は半々だ。普通の人間と鱗族と。だがどちらも似たような格好で、見分けがつかない。 「何をしてる! 武器を下ろせ!」 「っ!?」 間に割って入った黒蛇が鋭く叫ぶと、襲いかかっていた男達が動揺した。 だが、見慣れぬローブ姿の人間がたった二人と気付き、勢いを取り戻す。 「他所もんは黙っとけ!」 「そ、そうだっ!」 「ひいいっ」 ブンブン斧を振り回し、住民に向かっていく。 あちこちの民家で、農具を手に住民に襲いかかる。 逃げる方も住民だ。怪我をしている者もいる。 小雨が振る中、緊迫した状況。 埒が明かないと判断したのか、黒蛇が腕を振るう。黒い影のようなものが四方に飛んでいき、暴れていた住民が次々に脱力する。 レテューはその間、火を消して回っていた。 ワーニはというと、集落の裏口から侵入し、襲われていた住民を助けていた。 「お前ラ、隣ノ集落のモンジャの!? 何ヤッテヤガル!?」 「うるせぇ! 元はと言えば、お前らがあんな事……!」 ただの住民と、戦闘慣れしたギルド員とでは勝負はついている。農具を次々と弾かれ、軽く吹き飛ばされ、男達は座り込んだ。 視界を戻す。 「終わった、行こう」 ついでに水の精霊達に、燃えている家の火を消してもらう。 赤月は文句も言わず従う。 翼馬に跨ったまま集落の中に進む。幸い死者はいないようでホッとした。さりげなく治癒の風を飛ばしておく。 金色の粒達が雨に混じって集落全体に行き渡る。 怪我が治った住民も、暴れていた住民も、不思議そうに呆然としている。翼のある大きな蒼い馬を見て、腰を抜かす者もいる。 「おお……」 一番年長の老人が、集落の代表のようだ。ワーニに支えられながら、集落の奥から現れた。 黒蛇が飛ばした魔法は、麻痺させる効果があったらしい。リュウキが治癒の風を全体に流したせいで、その効果も消えてしまったが、住民が落ち着いたので大丈夫だろう。 住民以外の者達は、隣の集落の住民だった。 すっかり落ち着いた彼らから話を聞いた所……。 「村の食料が、倉庫からなくなった」 「じゃから、ワシらは知らん」 「足跡がこっちに逃げとった」 「濡れ衣じゃ」 話が進まないので、肝心の食料倉庫を皆で確認しに行った。半地下の倉庫は、半分くらい木造の箱が並び、この集落で収穫したという豆類や、芋類が入っていた。 箱の大きさがかなり大きい。幅も奥行も二メートルくらいある。 隣の集落にも見に行った。同じような半地下倉庫で、箱が壊され、ほとんど中身がなかった。 「どうする」 「……もう、夜だしな」 集落に宿屋などはないので、屋根のある場所だけ借りて過ごす予定だったが。 住民達の心情を考えると、言い出しにくいし安全とも思えない。 結局、集落の入り口に近い空き地に、テントだけ張らせてもらった。 食料がほとんどなくなってしまった集落側には、レテュー達が穀物類や野菜などを寄付したようだ。 集落の揉め事には関わらない方針で。 ギルド管轄ではないし、たまたま通りかかった旅人には無関係なのだ、口を出す権限などない。 ただ、住民達の様子が──人族と、鱗族とでギクシャクしていたのだけは、目に付いた。 「面倒事の匂いがするな……」 「朱国に着けば分かる」 その日の夜は、流石に夜番を立てていた。 朝早くに、集落を後にする。 隊列はそのまま、ほとんど獣道となっている森の中を進む。 ここら辺から中型の獣が出るようになり、しばし進行が止まった。 ほとんど先頭のワーニが倒し、死体は黒蛇が空間倉庫に仕舞っていくのだが、群れに出逢うと流石に足が止まる。 「遭遇率が多くないか?」 「逃げテ、来てルミタイダナ……」 茶色い中型の狼の群れを、蒼い狼が骨まで燃やしていく。対処が面倒になり、進行を優先したらしい。 「この狼、触れる?」 つい撫でようと手を伸ばす。 「……毛皮じゃない……」 蒼い狼は大人しく撫でさせてくれたが、残念なことにカゲロウのような存在だった。 がっかりするリュウキに、レテューは苦笑する。 赤月がそんなリュウキの行動を眺めて、何やら思案し始める。 「撫でたいなら、いつでも猫になりますニャ!」 「それは、また今度」 呑気な空気にワーニは呆気にとられ、黒蛇はにこやかだ。 だいたい、この人選で危機に陥る心配は全くない。 順調に進むうち、ようやく見えてきた次の集落は──。
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