火の鳥と精霊特使団

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山があるのかと。 その山が不自然にうねった。 蛇がいた。 一瞬、見間違えたのかと思ったが、民家より巨大な蛇がいた。 赤鈍色で、牙が生え、集落を襲っている最中だった。 「!!」 すぐ様三人が消えた。 瞬きの間に、巨大な鎌が蛇の首元部分に素早く振り下ろされ、半ばまで切断する。 「ギィィオオオ──!!」 断末魔の叫びが衝撃波になって耳に突き刺さる。翼馬の風が衝撃を弾いた。 黒い影が幾つも蛇に巻き付き、集落から離そうと引っ張る。蛇は、首を半分斬られながらも暴れまわり、民家をその巨体で押し潰して破壊しながら、 ───ギョロりとこっちを見た。 「リューキさま!」 あまりに現実離れした光景に、思考が固まっていた。ミューレイに呼ばれて我に返る。 「……こんなの、いるのか」 ただただ、驚きで一杯だ。 (災禍の森ならおりますな。これよりデカいですぞ) 肯定の応えが、宇迦から返る。 「……マジか」 蛇は何故か、ヨダレを垂らしてリュウキをひたと見詰めている。 「一応、生き物?」 (生き物ですな) バサりと、翼馬が翼を強くはためかす。 一瞬で、上空に飛んだ。しっかり掴まっているしかできない。 空に移動したお陰で、集落の状況がよく見える。 森の木々がなぎ倒された痕跡があり、土壁が押し潰され、倒れた住民達は赤月が結界で守り、黒蛇が影の縄のような物で巨大蛇を縛り、レテューが鎌で攻撃し── 火が、効かないようだ。 斬っても再生する蛇に、今度は水の刃が突き刺さる。イヤがってはいるが、効いているのかどうか、傷口からこぼれるのは、燃えさかる火のように見える。 巨大な蛇は、ズルズルと巨体をくねらせ、空中にいるリュウキに勢いよく飛びかかった。 「!」 翼馬がひらりと余裕で躱し、真横からドンッと突進した。 一撃で、蛇の巨体が浮く。 強烈な風をまとった蹄で軽々と蹴り、集落の上から森側にうまく飛ばし、さらに上から容赦なく蹴り落とす。 「───」 不思議と、乗っていたリュウキ達には一切の衝撃はなく、目まぐるしく視界が変わっただけだった。 ドシャリと重い音をたて、巨体が転がった。 ぐったりと身を横たえた蛇に、今度こそレテューのトドメの刃が振られる。 蛇は幾つかに輪切りにされて、ようやく動きを止めた。 ひらり、ひらりと翼馬は優雅に空中を駆け、バサりと翼を満足そうに鳴らして上から見下ろす。 お疲れ様な気持ちで、感心しながら翼馬の首を撫でた。 そういえば、彼にも名前が必要だと思っていたのだが、今の豪快さを見てふと思いつく。 「名前……蒼嵐、はどう?」 (!) 翼馬は嬉しそうに頭を振る。気に入ったようだ。 本来、精霊達に個体名は不要らしいのだが、なんとなく一緒に行動する事になり、親近感がわいている。呼ぶ時に名前がないと、さすがに困る。 「そうらん、さんニャ?」 「蒼い、嵐」 「カッコイイですニャ!」 (良い名ですな) 四人?で蛇の巨体を眺め会話しながら、いったん気持ちを落ち着ける。 まさか、こんなデカい生き物がいるなんて聞いてなかったから、驚きが大きかった。 リュウキ達が偶然、通り道に集落を目指していなければ……。 被害の大きい集落を見下ろす。 倒して終わり、ではない。 住民を助け起こしている皆の元に、急いで向かう事にした。 「災害級が出るナンテな……驚イタ」 ブツ切りにされた巨体を怖々と眺め、ワーニが呟く。 「よく出るのか?」 鎌を空間倉庫に仕舞い、レテューが尋ねる。 「マサか! 聞いタ事もネェ!」 集落を見渡し、被害のあった者達に気の毒な視線を向けながら、黒蛇があごに手を当てる。 「かなり、火の魔力が高い……いきなり成長して、腹が減ったのだろう」 「……火の魔力か……」 地域の魔力属性によって、影響が強すぎると、生き物達が巨大化したり、変質したりする、事がある。 滅多に起きない現象ではあるが、森が深く狩人が足りないと、稀に発生してしまう。 そうならないよう、ギルド員が間引きを仕事でこなすのだが……南端地方には、ギルドはない。 代わりに、地元の人間達で解決するしかないはずだが……集落の状況を見れば、普通の民しかいないのは一目瞭然だった。 簡単な土壁に、最低限の木造の民家と、細々とした畑。住民達もやせ細っていて、使い古した服を身につけ、満足に食べているとは思えない。 そして、巨大な蛇に襲われた今、住民達は恐怖で震えて立ち上がる事すらできない様子だ。 「……若者が少ないな」 「ああ」 小声で話していると、空から翼馬が降りてきた。 普通の馬より一回り大きく、翼を持つ蒼い馬に、お揃いのデザインの服装のリュウキとミューレイが乗っている。 騎士服に似た衣装は濃い紫と白、膝丈のマントも黒に近い紫。端に金糸で精霊言語が刺繍され、戦闘用の保護がかかっているらしい。立ち襟の小さな金色の蝶の刺繍が、特徴的だ。 どう見ても特別だと分かる存在に、住民達が目を奪われ、静まり返った。 翼馬から降りてすぐ、リュウキが集落全体をぐるりと見渡す。 すぐに心地よい風が集落全体に吹き渡り、怪我人を次々と癒していった。 住民達から驚きの声があがる。 「えっ」 「なんと……」 風に混じる金色の粒が一瞬だけ目で捉えられ、悲痛な空気が吹き飛ばされ──まるで神聖な領域に包まれたような錯覚に陥る。 人が治れば次は建物だ。住民が何が起きているかも把握できず呆然としている間に、壊れた民家がみるみる元に戻っていく。 当然だが、こんな広範囲で治癒したり、壊れた物を直す魔法などない。 彼にしかできないだろう。 じっと、佇んでいたリュウキがひとつ吐息をついて、近場の住民から助け起こしていく。獣族の少女も迷わず手伝う。 誰が奇跡を起こしたのか、見ていた住民には分かるのだろう。泣いて礼を言う者や、拝む者までいる。 当人は困ったように苦笑しているが。 不思議と、集落の人々が落ち着いてしまった。滅多にない、恐ろしい体験をしたはずなのに。 不器用そうに手を貸す十代後半の若者に、まるで全幅の信頼を持つかのように安堵して。 「……」 傍で見てしまうと、不思議としか言い様がない現象だった。 存在するだけで、精神的に癒される。近くにいると、余計な気構えや力が抜けてしまう。 間近に、彼の姿を見て声を聴けばなおさら……心が澄み切っていく。 赤き月と呼ばれた青年は、目を細めて何か乞うようにその姿を見詰め。 ワーニは己が幼子になったように、急に頼りなく感じ槍を握りしめ、自分の顔をこすり。 黒き蛇と呼ばれた男は、清浄すぎて、いささか年寄りには眩しいと独りごちる。 灰狼と呼ばれた青年は、慣れた風に肩をすくめ視線をはがし──。 「あの蛇、どうする?」 集落の外の、輪切りにした巨体を見上げた。 「食えるのか?」 「……」 「不味ソウダ」 朱国に到着するまで、小さな集落はあとひとつ。 中規模の集落がひとつ。 巨大な蛇の輪切りは、そのまま集落に譲ってきた。 地域の魔力属性の影響で、生き物が巨大化する事があると聞いて、リュウキは首を傾げる。 ちなみに、リュウキが初めてレテューに遭った森もそんな地域で、とても危険な場所なのだとか。 「地域の地理くらい、覚えろよ?」 聞こえなかったフリをすると、チラッと振り返られた。 「リュウキ? 困るのお前だぞ」 「ミューレイと引きこもるから大丈夫」 「にゃ?」 「おい」 「それより、次の集落? は」 また、気温が上がってきたようだ。精霊の風で守られているのに、蒸し暑さを感じ始めていた。 「なにも、ないといいけど……」 全員がなんとなく、イヤな予感を感じていた。
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