火の鳥と精霊特使団

6/13
前へ
/195ページ
次へ
矢が、飛んできた。 たくさんだ。 炎の壁がいきなり行く手を塞ぎ、馬達が慌てた。 だが蒼嵐が一声嘶くと、ぴたりと大人しくなった。 前方の森の中から、矢をつがえた者達が姿を現す。数十人だ。種族は鱗族。 何人かは、赤い斑点の頭部が大きなトカゲ?に跨っている。馬がわりだろうか。口から火を吐いたのは、この大トカゲだろう。 「止マレッ! 動けバ射ル!」 「武器ヲ捨てロ!」 殺気だった様子に、やっぱりと思ってしまったのは仕方ないと思う。 集落に近付いてきた、とワーニが辺りを確認しながら言ったあと、周囲を索敵したレテューが、囲まれていると伝えたのだ。 とりあえず、様子を見ようと全員一致した直後、風切り音がした。 当たらないと分かっていても、ひやりとする。 鱗族達は油断なくこちらを確認し、まず翼馬の姿に驚き、高級な衣装のリュウキ達に眉を寄せ、フードを被ったままの三人をいぶかしそうに眺め……先頭で憮然としているワーニに気付いた。 「……マサカ、ワーニか!?」 リーダーらしき鱗族の男が叫ぶ。 「見て、気付ケ。オレに矢ヲ向けルたァ、偉くナッタな? トーダ」 「……! 皆、下ガレッ」 鱗族でも汗をかくらしい。慌てたように弓矢を下げ、恐縮したように頭も下げる。 「スマン! お前ダトハ……! 全員下ガレ! テンルーのワーニだ!」 知り合いだったらしい。物騒な事にならずホッとしたが、ワーニはいきなりリーダーの首を掴み持ち上げた。 「丁度イイ、お前ノヤグラヲ借りル。道案内中ナンデナ」 「悪カッタッ! 離シテクレッ! グエッ」 鱗族に遠巻きに囲まれながら、そのまま集落に入った。 とりあえず、争い中だったり、襲われていたりはないようだ。 今までの集落の、三倍くらいは広い。 注目を嫌でも集めながら、真ん中辺りに建てられた、割と立派な木造の民家に入る。 「ア……アラアラ、ワーニ様!」 民家の中から鱗族の女性が出て来て、リュウキ達を見て目を丸くさせた。 「久しいナ、邪魔スルぜ」 集落の名前はヤフニウ。鱗族の発音は舌がシューシューしてて、聴き取りづらい。 住民は100人近くが狩りや農業で暮らしているとか。近くに川があり、生活するには足りているそうだ。 川では魚が豊富に摂れる。肉より魚が主食。 歓迎のためと用意された料理がほとんど魚で、お皿代わりの大きな葉っぱに、焼いた魚や蒸した魚、干した魚などが並ぶ。味付けは塩かそのまま。 ワーニの顔と名前は集落に知られているらしく、何人かわざわざ挨拶に来る程だった。 「ハア……精霊の国デスか……」 ワーニ以外の連れが人族だったことが、集落の見張りを警戒させたらしい。 なんであんな物騒な出迎えになったのか、食事の終わりにやっと説明され、リュウキ達も身分を明かした。 「デ、ソチラは、東ト西ノ、ギルドノ方ト。ナルホド?」 トーダと名乗ったワーニの知人は、しきりと瞬きを繰り返す。 さすがに、宿替わりに彼の家にお邪魔しているので、三人はフードを下ろしている。 「ギルドナラ、知ッテオリマス。ワーニ様が所属サレテイル、狩人ノ組織トカ」 「狩人……」 「まぁ、間違ってはないな」 「南はかなり閉鎖的な土地のようです。興味深い。商人がたまに来ているはずですが」 文化の違いに、面白そうにしているのは黒蛇だ。 挨拶に来る、他の鱗族にも色々話しかけていた。 「精霊ハ……スミマセン。ワシらハ聞イタ事スラ」 「『隣人』の事ジャナイカ? ホラ、爺サマ達ガ昔話テタ」 ヨロヨロした老人まで誰かが連れて来て、わざわざ昔話を披露してくれた。 小柄でシワの多いおじいさんによると、鱗族がまだ安住の地を探して放浪していた頃──酷い雨が何日も続き、偶然見つけた洞窟に逃げ込んだところ、不思議な生き物を見つけた。 火を吐く、小さなトカゲだ。 あまりに寒くて震えていると、そのトカゲが焚き火に火をつけてくれたらしい。 不思議な火で、水に濡れても消えなかったとか。 小さなトカゲは旅人に付き添い、やがて緑豊かな土地に辿り着くと、地面に穴を掘って消えていった。 「感動的な話ですね。素晴らしい」 黒蛇があごを撫でながら、しきりに感心したように頷き、おじいさんは満足げに帰っていった。 どうやら昔から、鱗族が困っていると、火トカゲが現れ助けてくれるらしい。 いつの間にか人が増え、トーダの屋敷の食事場所は、ぎゅうぎゅうになっていた。 他の国からの旅人などたまにしか来ないから珍しいのか、途中から宴会になっていた。 家庭料理だろう魚料理は、シンプルで美味しかった。ミューレイも頬にいっぱい詰め込んでいた。 トーダ宅に一泊した翌日、いよいよ朱国に近い大きな集落に向かった。 道案内と、集落へ問題なく入れるように、トーダと他の三名が付き添ってくれた。 「集落ノ名ハ、クシュサシャ。我々ノ言葉デ──彷徨ウ鳥」 「鳥?」 (トカゲじゃ、ないのか) おじいさんの昔話を聞いたせいか、夢の中で火トカゲが出て来た気がする。 クシュサシャには、半日程で到着した。 確かに、大きな集落──都市だ。 石を積み上げた街壁は厚さがあり、内部に幾つも部屋があり通路で繋がっている。 街の出入口にはきちんと門番がいて、見張りをしていた。 翼馬は目立ちすぎるからと、普通の馬に乗り換えてトーダ達についていくと、すんなりと中に通された。 意外と涼しくて驚き街を見回すと、水路が整備されている。 馬車より大きなトカゲ車? が多く、住民も鱗族が多い。服装が、長い布を巻き付ける仕様で、民族衣装のよう。 「ヨウコソ、クシュへ──宿に案内致しマス」 トーダ達がどんな説明をしたのか、街中心の大きな建物に案内された。 車道と歩道にきちんと別れ、立派な石造りの建物がひしめき、人々はそれなりの服装をして、賑わっている。 「普通だな」 「ああ」 「クシュは、郷士が納めテイルからナ……前ニ来た時ヨリ、整備サレてルナ」 大きな建物は宿屋だったようで、よそから来た客は無料で泊まれるらしい。 窓が大きく、街の様子がよく見えた。 「地震の影響なさそう」 空に変な雲もない。平和そのものだ。 「首都まで行くしかないな」 隣に立ち、同じく街を見下ろして、レテューも思案顔だ。 何かあるのかと、聞こうとしたが。 (──見張られておりますよ。神子) 風がふわりと髪を揺らした。 「……」 普通に振舞っているが、リュウキとミューレイ以外は気付いているらしい。 「チョイと、街に出テキヤス」 ワーニはさっさと宿から出て行く。 どうしようか、とミューレイと相談して、宿の周辺を歩いてみる事にした。
/195ページ

最初のコメントを投稿しよう!

191人が本棚に入れています
本棚に追加