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矢が、飛んできた。
たくさんだ。
炎の壁がいきなり行く手を塞ぎ、馬達が慌てた。
だが蒼嵐が一声嘶くと、ぴたりと大人しくなった。
前方の森の中から、矢をつがえた者達が姿を現す。数十人だ。種族は鱗族。
何人かは、赤い斑点の頭部が大きなトカゲ?に跨っている。馬がわりだろうか。口から火を吐いたのは、この大トカゲだろう。
「止マレッ! 動けバ射ル!」
「武器ヲ捨てロ!」
殺気だった様子に、やっぱりと思ってしまったのは仕方ないと思う。
集落に近付いてきた、とワーニが辺りを確認しながら言ったあと、周囲を索敵したレテューが、囲まれていると伝えたのだ。
とりあえず、様子を見ようと全員一致した直後、風切り音がした。
当たらないと分かっていても、ひやりとする。
鱗族達は油断なくこちらを確認し、まず翼馬の姿に驚き、高級な衣装のリュウキ達に眉を寄せ、フードを被ったままの三人をいぶかしそうに眺め……先頭で憮然としているワーニに気付いた。
「……マサカ、ワーニか!?」
リーダーらしき鱗族の男が叫ぶ。
「見て、気付ケ。オレに矢ヲ向けルたァ、偉くナッタな? トーダ」
「……! 皆、下ガレッ」
鱗族でも汗をかくらしい。慌てたように弓矢を下げ、恐縮したように頭も下げる。
「スマン! お前ダトハ……! 全員下ガレ! テンルーのワーニだ!」
知り合いだったらしい。物騒な事にならずホッとしたが、ワーニはいきなりリーダーの首を掴み持ち上げた。
「丁度イイ、お前ノヤグラヲ借りル。道案内中ナンデナ」
「悪カッタッ! 離シテクレッ! グエッ」
鱗族に遠巻きに囲まれながら、そのまま集落に入った。
とりあえず、争い中だったり、襲われていたりはないようだ。
今までの集落の、三倍くらいは広い。
注目を嫌でも集めながら、真ん中辺りに建てられた、割と立派な木造の民家に入る。
「ア……アラアラ、ワーニ様!」
民家の中から鱗族の女性が出て来て、リュウキ達を見て目を丸くさせた。
「久しいナ、邪魔スルぜ」
集落の名前はヤフニウ。鱗族の発音は舌がシューシューしてて、聴き取りづらい。
住民は100人近くが狩りや農業で暮らしているとか。近くに川があり、生活するには足りているそうだ。
川では魚が豊富に摂れる。肉より魚が主食。
歓迎のためと用意された料理がほとんど魚で、お皿代わりの大きな葉っぱに、焼いた魚や蒸した魚、干した魚などが並ぶ。味付けは塩かそのまま。
ワーニの顔と名前は集落に知られているらしく、何人かわざわざ挨拶に来る程だった。
「ハア……精霊の国デスか……」
ワーニ以外の連れが人族だったことが、集落の見張りを警戒させたらしい。
なんであんな物騒な出迎えになったのか、食事の終わりにやっと説明され、リュウキ達も身分を明かした。
「デ、ソチラは、東ト西ノ、ギルドノ方ト。ナルホド?」
トーダと名乗ったワーニの知人は、しきりと瞬きを繰り返す。
さすがに、宿替わりに彼の家にお邪魔しているので、三人はフードを下ろしている。
「ギルドナラ、知ッテオリマス。ワーニ様が所属サレテイル、狩人ノ組織トカ」
「狩人……」
「まぁ、間違ってはないな」
「南はかなり閉鎖的な土地のようです。興味深い。商人がたまに来ているはずですが」
文化の違いに、面白そうにしているのは黒蛇だ。
挨拶に来る、他の鱗族にも色々話しかけていた。
「精霊ハ……スミマセン。ワシらハ聞イタ事スラ」
「『隣人』の事ジャナイカ? ホラ、爺サマ達ガ昔話テタ」
ヨロヨロした老人まで誰かが連れて来て、わざわざ昔話を披露してくれた。
小柄でシワの多いおじいさんによると、鱗族がまだ安住の地を探して放浪していた頃──酷い雨が何日も続き、偶然見つけた洞窟に逃げ込んだところ、不思議な生き物を見つけた。
火を吐く、小さなトカゲだ。
あまりに寒くて震えていると、そのトカゲが焚き火に火をつけてくれたらしい。
不思議な火で、水に濡れても消えなかったとか。
小さなトカゲは旅人に付き添い、やがて緑豊かな土地に辿り着くと、地面に穴を掘って消えていった。
「感動的な話ですね。素晴らしい」
黒蛇があごを撫でながら、しきりに感心したように頷き、おじいさんは満足げに帰っていった。
どうやら昔から、鱗族が困っていると、火トカゲが現れ助けてくれるらしい。
いつの間にか人が増え、トーダの屋敷の食事場所は、ぎゅうぎゅうになっていた。
他の国からの旅人などたまにしか来ないから珍しいのか、途中から宴会になっていた。
家庭料理だろう魚料理は、シンプルで美味しかった。ミューレイも頬にいっぱい詰め込んでいた。
トーダ宅に一泊した翌日、いよいよ朱国に近い大きな集落に向かった。
道案内と、集落へ問題なく入れるように、トーダと他の三名が付き添ってくれた。
「集落ノ名ハ、クシュサシャ。我々ノ言葉デ──彷徨ウ鳥」
「鳥?」
(トカゲじゃ、ないのか)
おじいさんの昔話を聞いたせいか、夢の中で火トカゲが出て来た気がする。
クシュサシャには、半日程で到着した。
確かに、大きな集落──都市だ。
石を積み上げた街壁は厚さがあり、内部に幾つも部屋があり通路で繋がっている。
街の出入口にはきちんと門番がいて、見張りをしていた。
翼馬は目立ちすぎるからと、普通の馬に乗り換えてトーダ達についていくと、すんなりと中に通された。
意外と涼しくて驚き街を見回すと、水路が整備されている。
馬車より大きなトカゲ車? が多く、住民も鱗族が多い。服装が、長い布を巻き付ける仕様で、民族衣装のよう。
「ヨウコソ、クシュへ──宿に案内致しマス」
トーダ達がどんな説明をしたのか、街中心の大きな建物に案内された。
車道と歩道にきちんと別れ、立派な石造りの建物がひしめき、人々はそれなりの服装をして、賑わっている。
「普通だな」
「ああ」
「クシュは、郷士が納めテイルからナ……前ニ来た時ヨリ、整備サレてルナ」
大きな建物は宿屋だったようで、よそから来た客は無料で泊まれるらしい。
窓が大きく、街の様子がよく見えた。
「地震の影響なさそう」
空に変な雲もない。平和そのものだ。
「首都まで行くしかないな」
隣に立ち、同じく街を見下ろして、レテューも思案顔だ。
何かあるのかと、聞こうとしたが。
(──見張られておりますよ。神子)
風がふわりと髪を揺らした。
「……」
普通に振舞っているが、リュウキとミューレイ以外は気付いているらしい。
「チョイと、街に出テキヤス」
ワーニはさっさと宿から出て行く。
どうしようか、とミューレイと相談して、宿の周辺を歩いてみる事にした。
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