火の鳥と精霊特使団

7/13
前へ
/195ページ
次へ
宿屋の周囲は、食事処と、お店が軒を連ねていた。 裏側は、敷地の広い民家のようだ。 ミューレイと二人で、のんびりとお店を回る。 衣装屋では、店主が出てきてわざわざ説明してくれた。 民族衣装のような衣服は、川に生えているアシのような草を叩いて染め、やわらかくしてからくっつけ、長い布にしているとの事。 丈夫で軽く水に強い。ただ、着付けが難しい。 着物の帯を結ぶ時のように、巻き付けたり縛ったりと複雑だった。 お土産に買ってみようとして、魔石を見せたら驚かれたが、ちゃんと買えた。 魔石はやっぱり貴重らしい。 次に料理屋を覗いたが……客が食べている物を見て、回れ右をした。 宿屋で出される食事が心配になってきた。魚料理ならいいのだが……。 そうして、ゆっくり一回りして部屋に戻ると、留守番になったらしいレテューに苦笑で出迎えられた。 「皆は?」 「黒は街に。赤は中庭」 共通の風呂が、中庭にあるらしい。 他に誰もいないので、リュウキ達も今のうちに風呂に入る事にした。 ミューレイと二人用の寝室に移り、万能テントを設置。テント内のお風呂に入る。 さっぱりして、少し楽な服装に着替えて、共通の居間に戻ると、レテューは窓側に陣取って外の風景を眺めていた。 「何か見える?」 面白そうにうなずく。 「どうやら、街を治める郷士、というお偉いさんの所に、俺らの話がいってる」 「地震の話は?」 「してないな」 うーんと腕組みして考える。 出発前から気になっていた。わざわざリュウキ達が現地まで行く必要があるのかと。 疑問が顔に出ていたらしい。 「行けば分かるだろ」 「……」 この街から、朱国首都までは一日の距離だという。窓側の空いたソファーにミューレイと共に腰を下ろした。 行かなくても、これだけ近付いていれば、おそらく見える。 (今の所は安全ですぞ。我も視ましょう──) 姿は見せないまま、ファサッと狐の尻尾が足元で振られる。 うたた寝でもするように、目蓋を閉じる。 街のざわめき。湿気を含む風。宿屋は広く清潔に保たれ、害意を持つ者はいない。 街の奥──繁華街のような場所で、狭い店に入り込んだワーニが、噂話に耳を傾けている。視線は女性の鱗族に釘付けだ。 黒蛇は──何故か街壁の内部を自由に歩き回っている。黒い影をまとって、姿や気配を隠せるようだ。 影が幾つもスルスルと忍び込み、あちこちを覗いていく。見張りや巡回の兵士達。武器や食料倉庫。とくに怪しい所はないようだ。 ごく普通に暮らす人々のざわめき。 宿屋の裏側に並ぶ、広い民家の奥の方。少しおもむきの違う家がある。 門構えが立派で、門番がいる、御屋敷だ。屋根の上に、蒼い焔の狼が佇んでいる。レテューの魔法だろう。 人々の気配の中心に近付けば、座敷のような広間で、十数人集まっている。 体格が立派な鱗族の男が、まわりの者達に敬われながら、大振りな動きで威圧している。同じ鱗族なのに、凶悪そうな面差し。 部下からの報告を聞き、考える間もなく叫ぶ。 「フン! 他所モンなゾ、コンナ時に行カセらレルカ……身グルミ剥イデ捕マエロ! 女ダケ連レテコイ!」 「デスが……トーダの話デハ、精霊?ノ国トカ、ギルドノ人間ダト」 「精霊!? バカヲ言ウナ! 昔話ダロウガ!」 「ヒイッ」 部下を蹴飛ばし大笑いする鱗族に、眉を寄せた。視界を戻す。 隣のレテューも、ため息をついている。ちらっと様子を見た。集中していて、リュウキのしている事には気付いてないようだ。 再び視界を飛ばす。今度は街から遠くへ……深い森を越え、大きな川を越え、さらに進んだ先に首都が見えた。 街壁が赤っぽい。建物も同じような色合いで、ゴツゴツとした岩? のような石造りの都市。 巨大な岩壁にそのまま築いたのだろう、大きな都市だ──が。 (あれ?) 都市の全体像を見て、何かに似てると思った。 そして、確かに都市全域の大地が、異様に熱い。 川から水路を引いているが、川の水も熱いのではないだろうか。 それから、都市の広場に何か人が集まって──。 「……」 「リュウキさま?」 心配そうに顔を覗き込んできたミューレイの頭を撫でる。 目撃したものが酷かったから、思わず視界を戻してしまった。 (──どうやら、有事が起きておる様子ですな……) 宇迦も見たのだろう。 どうするべきか。悩む。 (宇迦、先に) (御意) 足元から仙狐のぬくもりが消えた。 夕方になり、宿屋の食事処に案内される。 ワーニと黒蛇、赤月も戻り、一番奥の席に通された。 お膳に乗った料理は、魚料理だった。ちょっとホッとしたが、あまり食欲がない。 これから起きる事を想像して、ため息が出てしまう。 ──宿屋の玄関口で、押し問答が発生。ゾロゾロと武装した男達が、無遠慮に食堂に踏み込み──リュウキ達を見つけて、囲む。 「オイ! 他所モン共ッ! 大人シク縛ニツケ……!」 「郷士様ノご命令ダ!」 街の兵士だろう。同じような衣服。同じような武器。彼らはリュウキ達よりも、鱗族のワーニを警戒している。 「……何モしてネェのに、縛にツケトハ、勝手ダナァ」 応対したのはワーニだった。 「ウ、ウルセェ!」 「郷士ノワンマンにサセテるから、何時マデも辺境ナノサ、ココは!」 「だ、黙レ!」 ワーニ一人に、二十人近い兵士が及び腰だ。構わず食事を続け、食べ終えたミューレイが手を合わせた。 「ご馳走様でしたニャ! 美味しいお魚でしたニャー」 「新鮮だからな」 料理人の腕がいいのもある。少なくとも、宿屋は良かった。 これで無料は親切すぎる。何かなかったかと空間倉庫をあさり、魔石のついた指輪がいくつかあり、ひとつを宿屋の帳簿にそっと移動させた。 「お世話になりました」 遠巻きに、ハラハラと見守っている宿屋の従業員達に、軽く頭を下げる。 「もういいか?」 赤月に聞かれ、うなずく。 一瞬で魔法陣が展開し、景色が変わった。
/195ページ

最初のコメントを投稿しよう!

191人が本棚に入れています
本棚に追加