191人が本棚に入れています
本棚に追加
宿屋の周囲は、食事処と、お店が軒を連ねていた。
裏側は、敷地の広い民家のようだ。
ミューレイと二人で、のんびりとお店を回る。
衣装屋では、店主が出てきてわざわざ説明してくれた。
民族衣装のような衣服は、川に生えているアシのような草を叩いて染め、やわらかくしてからくっつけ、長い布にしているとの事。
丈夫で軽く水に強い。ただ、着付けが難しい。
着物の帯を結ぶ時のように、巻き付けたり縛ったりと複雑だった。
お土産に買ってみようとして、魔石を見せたら驚かれたが、ちゃんと買えた。
魔石はやっぱり貴重らしい。
次に料理屋を覗いたが……客が食べている物を見て、回れ右をした。
宿屋で出される食事が心配になってきた。魚料理ならいいのだが……。
そうして、ゆっくり一回りして部屋に戻ると、留守番になったらしいレテューに苦笑で出迎えられた。
「皆は?」
「黒は街に。赤は中庭」
共通の風呂が、中庭にあるらしい。
他に誰もいないので、リュウキ達も今のうちに風呂に入る事にした。
ミューレイと二人用の寝室に移り、万能テントを設置。テント内のお風呂に入る。
さっぱりして、少し楽な服装に着替えて、共通の居間に戻ると、レテューは窓側に陣取って外の風景を眺めていた。
「何か見える?」
面白そうにうなずく。
「どうやら、街を治める郷士、というお偉いさんの所に、俺らの話がいってる」
「地震の話は?」
「してないな」
うーんと腕組みして考える。
出発前から気になっていた。わざわざリュウキ達が現地まで行く必要があるのかと。
疑問が顔に出ていたらしい。
「行けば分かるだろ」
「……」
この街から、朱国首都までは一日の距離だという。窓側の空いたソファーにミューレイと共に腰を下ろした。
行かなくても、これだけ近付いていれば、おそらく見える。
(今の所は安全ですぞ。我も視ましょう──)
姿は見せないまま、ファサッと狐の尻尾が足元で振られる。
うたた寝でもするように、目蓋を閉じる。
街のざわめき。湿気を含む風。宿屋は広く清潔に保たれ、害意を持つ者はいない。
街の奥──繁華街のような場所で、狭い店に入り込んだワーニが、噂話に耳を傾けている。視線は女性の鱗族に釘付けだ。
黒蛇は──何故か街壁の内部を自由に歩き回っている。黒い影をまとって、姿や気配を隠せるようだ。
影が幾つもスルスルと忍び込み、あちこちを覗いていく。見張りや巡回の兵士達。武器や食料倉庫。とくに怪しい所はないようだ。
ごく普通に暮らす人々のざわめき。
宿屋の裏側に並ぶ、広い民家の奥の方。少しおもむきの違う家がある。
門構えが立派で、門番がいる、御屋敷だ。屋根の上に、蒼い焔の狼が佇んでいる。レテューの魔法だろう。
人々の気配の中心に近付けば、座敷のような広間で、十数人集まっている。
体格が立派な鱗族の男が、まわりの者達に敬われながら、大振りな動きで威圧している。同じ鱗族なのに、凶悪そうな面差し。
部下からの報告を聞き、考える間もなく叫ぶ。
「フン! 他所モンなゾ、コンナ時に行カセらレルカ……身グルミ剥イデ捕マエロ! 女ダケ連レテコイ!」
「デスが……トーダの話デハ、精霊?ノ国トカ、ギルドノ人間ダト」
「精霊!? バカヲ言ウナ! 昔話ダロウガ!」
「ヒイッ」
部下を蹴飛ばし大笑いする鱗族に、眉を寄せた。視界を戻す。
隣のレテューも、ため息をついている。ちらっと様子を見た。集中していて、リュウキのしている事には気付いてないようだ。
再び視界を飛ばす。今度は街から遠くへ……深い森を越え、大きな川を越え、さらに進んだ先に首都が見えた。
街壁が赤っぽい。建物も同じような色合いで、ゴツゴツとした岩? のような石造りの都市。
巨大な岩壁にそのまま築いたのだろう、大きな都市だ──が。
(あれ?)
都市の全体像を見て、何かに似てると思った。
そして、確かに都市全域の大地が、異様に熱い。
川から水路を引いているが、川の水も熱いのではないだろうか。
それから、都市の広場に何か人が集まって──。
「……」
「リュウキさま?」
心配そうに顔を覗き込んできたミューレイの頭を撫でる。
目撃したものが酷かったから、思わず視界を戻してしまった。
(──どうやら、有事が起きておる様子ですな……)
宇迦も見たのだろう。
どうするべきか。悩む。
(宇迦、先に)
(御意)
足元から仙狐のぬくもりが消えた。
夕方になり、宿屋の食事処に案内される。
ワーニと黒蛇、赤月も戻り、一番奥の席に通された。
お膳に乗った料理は、魚料理だった。ちょっとホッとしたが、あまり食欲がない。
これから起きる事を想像して、ため息が出てしまう。
──宿屋の玄関口で、押し問答が発生。ゾロゾロと武装した男達が、無遠慮に食堂に踏み込み──リュウキ達を見つけて、囲む。
「オイ! 他所モン共ッ! 大人シク縛ニツケ……!」
「郷士様ノご命令ダ!」
街の兵士だろう。同じような衣服。同じような武器。彼らはリュウキ達よりも、鱗族のワーニを警戒している。
「……何モしてネェのに、縛にツケトハ、勝手ダナァ」
応対したのはワーニだった。
「ウ、ウルセェ!」
「郷士ノワンマンにサセテるから、何時マデも辺境ナノサ、ココは!」
「だ、黙レ!」
ワーニ一人に、二十人近い兵士が及び腰だ。構わず食事を続け、食べ終えたミューレイが手を合わせた。
「ご馳走様でしたニャ! 美味しいお魚でしたニャー」
「新鮮だからな」
料理人の腕がいいのもある。少なくとも、宿屋は良かった。
これで無料は親切すぎる。何かなかったかと空間倉庫をあさり、魔石のついた指輪がいくつかあり、ひとつを宿屋の帳簿にそっと移動させた。
「お世話になりました」
遠巻きに、ハラハラと見守っている宿屋の従業員達に、軽く頭を下げる。
「もういいか?」
赤月に聞かれ、うなずく。
一瞬で魔法陣が展開し、景色が変わった。
最初のコメントを投稿しよう!