火の鳥と精霊特使団

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馬達と、荷物と、無事に森の中に移転する。 すぐに翼馬が姿を現し、リュウキの傍らに寄り添った。 何処まで移転したのかと辺りをうかがうと、すぐ背後に川があった。首都につくまで、半日くらいの場所だ。 「悪カッタ。アソコマデ、乱暴な郷士トハ……」 ワーニが謝る事ではないが、同じ種族というのもあって、いたたまれないのかも知れない。 野営の準備をして、結界を張り、今夜は夜番を立てる事になった。 夕食が済んでいたから、後は寝るだけだ。 パチパチと焚き火の炎が踊るのを、見詰める。異様に濃い影が周りの木々から染み出してくるように見える。 見知らぬ土地の風景に、遠くまで来た事を実感した。しかも一緒にいるうち半分はよく知らない相手である。 人見知りの自分にしては、頑張っていると自負できる。保護者が今回はいないのだ──そういえば。珍しい事に。 しかも最終的な責任者はリュウキだ。判断ひとつで、大変なことになる。 ──出発する前に、父親が言っていたのは……。 『何もしなくてもいいし、何をしてもいい』 ──曖昧すぎる。 さすがに言葉遊びじゃないと信じたい。父親はたまに格好つけたがるからよく分からない。 朱国の現状を、わかって言っていたのだろうか。だとしたら、随分。 「……」 パチ、パチと火が燃える。 いつになく無口になっているリュウキを、皆が気にしている。ミューレイでさえ、大人しい。炎しか、睨んでないのに。 「──何かあったか?」 レテューがとうとう尋ねたが、首を横に振った。いま口にすべきじゃなかった。 「明日、言う」 眠れないのは、リュウキひとりでいい──。 夜中に街から追っ手がきたようだが、レテューの狼達が追い返していた。 少しばかり急いで、朱国、首都に向かう。 城壁が見えてきたのは、割とすぐ。 高さは10メートルはあるかも知れない。 赤錆びた岩石を削って積み上げたものであり、首都全体が起伏した大地にぎっしりと建てられ、朱色に輝き、壮観ではある。 ただし。 「これは──」 「酷いな」 「ド……ドウナッてヤガルッ!」 城壁の上から、焼け焦げた遺体が、吊るされていなければ。 大人も子供も無関係に。 実際に見てしまうと、首都に入るのも、近付くのも遠慮したくなってくる。 尋常ではない光景を見て、城門に続く道で、全員の進みは止まってしまった。 「……人族カ」 立派な門がギギギと開いて、武装した鱗族の兵士が走り出てきた。槍の切っ先を向けてきて、あっという間に囲まれる。 「馬カラ降リロ!」 縄ではなく、ジャラジャラと鎖のようなもので全員拘束された。ワーニもだ。 馬達は城壁内に引いて行かれ、六人は乱暴に連行された。 首都とされるだけはあり、全て赤い建物群は統一性があって眺めるだけなら見応えはある。 ただ、道をゆく住民たちは全て鱗族で、都市全体がピリピリとした空気の中にあった。 武装した兵士の数がやけに多い。話す声も小声で、ささやくように喋っている。 「……将…ガ……デ」 「ダガ……様ノ……」 「……ナンテコト……」 なにか、尋常ではない事が起きているのだ。活気もなく、建物の中でひっそりと、息を潜めているのが伝わってくる。 兵士の詰所のような建物に着くと、まとめて牢屋に放り込まれた。 向かい側の牢には、他の人族も入れられていた。憔悴した様子で、こちらを見向きもしない。 兵士達の姿が見えなくなってから、ジャラジャラ鳴る鎖を見下ろした。いびつで不揃いで、赤っぽい。頑丈そうではあるが。 建物内を見回す。同じ岩石から作られていて、床も壁も天井も全てゴツゴツした赤い岩だ。 「……溶岩みたいだ」 「ようがん?」 ただ、火山のような山が見えないのが不思議ではある。 ワーニはむっつりと黙り込み、怒りを堪えた状態だが、他の者は落ち着いていた。 到着するまでに、朱国で何が起きているか、それにどう対処するか、説明してあった。 リュウキが矢面に立つことを反対されたが、リュウキにしか出来ない事だ。しぶしぶ納得したから、皆大人しくしてくれている。 「ただの、鎖だな」 「魔封じもない」 牢屋内や、鎖を調べるのにも飽きて、とりあえず浄化をかけ、座って待つ事にした。 程なくして、兵士がやってくる。 一番立派な服を身に付けているリュウキだけ牢から出され、連れて行かれる。 狭い室内に、椅子に座って待つ鱗族がいた。珍しく太っていて、豪華な鎧を着ている。傲岸そうな、わかりやすい相手だ。 あとは槍を持った見張りの兵士が二人。 「さァテ……他所者ガ、我ラ朱国ニ何ヨウで来タ?」 睨みつけてくる眼がギョロ目なのが気持ち悪い。 「──精霊は、分かるか?」 「ハア?」 「精霊の国、セトレアの特使団だ。外交官とかいる? いないか。この国で、いま一番偉い奴連れて来い」 「……キサマッ」 椅子から立ち上がり、殴りかかってきたが風に弾かれ、尻もちをつく。 「ナッ? 何ダ!?」 窓のない、ドアも閉められた部屋だ。自然に風が吹くわけもなく、目撃した兵士達が、目を見開いている。 「……ッ、妙ナ術ヲ使イオッテ! オイ、オ前達ッ!」 太った男が腕を振り、兵士達が槍を構える。一歩、踏み出しただけで風の手が、兵士達を背後の壁に叩きつけた。 「ナ──」 唖然として、ぱかりと大口を開けた男は、次に悲鳴をあげながらドアを開け、逃げ出していく。 兵士達は壁の天井近くまで持ち上げられ、苦しげにもがく。リュウキには蒼い風が見えているが、彼らには何も見えないだろう。 (───神子) ふわりと足元に狐の尻尾の感触が触れて、宇迦が姿を現す。 「どうだった?」 (まだ、息があった者はかろうじて。どうやら、祭司とやらが発端で……地下の祭壇におりました) 「……」 ご苦労さまと頭を撫でる。 バタバタと外が騒がしくなり、新たな兵士達と、ひとり体格のいい男が部屋を覗き込んできた。 狭い室内で、天井に押さえつけられている兵士の姿を見て唖然とした後、未知の存在を見るかのようにリュウキを怖々と見た。 「オ……ッ、アナタ様ハ、……?」 拘束していた鎖を、引きちぎる。 目に見えて、怯えられる。 「精霊の国の、特使団。他国の使者も、もてなせない? それとも朱国、は国じゃなかった? 話がわかる人はいないのか」 「精霊? トハ一体…… ナ──ッ!」 狭い部屋なのに、翼馬が顕現した。埒が明かないと判断したのだろう。 同じ説明を何度もするのも、面倒である。 兵士達は顔を引き攣らせながら、道を開け、逃げて行った。天井から落ちた兵士が悲鳴を上げる。 蒼嵐の背中に乗って、リュウキは詰所から出ると、宇迦が示す方向を目指した。 ひとり、連れて行かれたリュウキを心配していたが、離れた場所から悲鳴が聞こえた。 「……さて」 「牢破りカ。懐カシイ」 魔法で鎖を外し、牢の柵も破壊し、他の牢を見やる。 「この人達は、どうするニャ?」 黒蛇が考え込んだ。 「判断がつかないですね。牢だけ、開けておきましょう」 「了解ニャ!」 サクサク済ませて、詰所から出る。兵士が右往左往して、道の先を恐ろしそうに眺めている。 遠くから、何やら騒音が聞こえた。時おり、ゴウッと風の音も。兵士が空を飛んでいったような。 何が起きたのかと、外の様子をうかがう住民。慌てて走っていく新たな兵士達。 「……派手ニヤッテんナァ」 呆れたように感心したように、ワーニが目を細める。 「馬は回収したぞ」 「ああ」 赤月が転移で戻る。 ミューレイは、追い掛けて行きたそうに道の先を見ていたが、ぐっと我慢した。他にやることがあるのだ。 「広場はどっちだ?」 「いま調べる……あっちだな」 取り返した馬に跨り、混乱する街中を駆けて行った。
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