✱ ✱ エピローグ ✱ ✱

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「──陛下がご到着されました」 従者から告げられ、謁見の間に揃っていた帝国貴族達は、一斉に跪いた。 冷たい石材の床に紺色の絨毯が敷かれ、靴音は立たない。ファサリとマントを広げて、唯一の玉座の前で、彼が振り返る。 玉座も王の杖も、新しく作り直された。旗の紋章も、多数の儀式も見直され、皇帝に仕える者達も一新された。 (残ったのは……) 玉座に近い位置にて、床を見詰めながら宰相は物思う。 新皇帝を決めるまで、およそ二ヶ月近くかかった。国内の混乱をおさめるのに時間がかかったのと、あとは貴族達の熾烈な争いが発生したためだ。 逃げ出した獣族の奴隷の代わりの、労働力を確保するのがまず大変だった。 帝国内ではあまり質の良い魔石が採掘できず、人手に頼っている。 仕方なく、下級兵士達を強制で農地に送ったが、不平や不満が広がっただけであった。 こんな事態に陥るなら、侵略などせず、普通に小国家群と交渉取引をすべきという声が増えてくるほど。 あとは、皇帝の椅子争いだ。 表側では貴族会議を何回か開き、血筋や実力から選定すべきと議論し、裏側では力ある貴族家が派閥に分かれ、誰を支持するか揉めていた。 候補は五人ほどいたが、最終的には……。 「諸侯、顔をあげよ」 「は」 優雅に気品のある所作で、まだ若い皇帝が玉座にゆっくりと腰を降ろす。 皇族特有の血を表す、黒銀の髪の青年。 「カイザヴェルド・ジルイーウ・シダ──ここに皇帝として名を刻む」 「はっ」 最初の仕事は、新しい皇帝名を名乗ること。 皇帝になると生家の家名は捨てる。皇帝だけが名乗れる皇名を付けるのだ。 誰も反対しなければ、認められた事になる……最も事前に決定済みだ。みなシンと押し黙り、新たな皇帝を見詰めた。 カイザヴェルドは、それらの視線を柔らかく受け止めた。今から──彼が皇帝である。 「宰相はミレハを継続とする」 「──は」 「軍旗はイリテカルトが預かるように」 「……はっ」 次々と新たな役職、人事が発表され、何事もなく即位式は終わる。 終われば、そのまま即位式パーティだ。 ゾロゾロと貴族達が移動するのについて行き、古いが立派な会場に流れ込む。 北の地に、雪は積もっているがしばらく快晴である。 早めの春が来たのかと、勘違いするほど──雪が少ない。 給仕達が忙しく料理や酒を補充し、貴族達は早速政治の話に夢中だ。 新しい皇帝は、顔見せだけして引っ込んでいる。パーティ用に衣装を着替えるためだ。 ベランダ側の比較的空いている席で、カーテンの影になるように座り、ミレハは料理を味わう。 (……旧皇家、旧高貴族、中貴族) 下級貴族だと、公式行事に参加資格はなく、即位式パーティの顔ぶれはだいたいいつもと同じか。 固まって話し込む幾つかの集団は、きれいに派閥事に分かれ、油断なく他派閥の様子を窺っている。 軍部内の人事移動が激しく、いかに身内を高位役職に据えられるかが、いま最も重要な……。 「悪いお顔」 「……そうかな?」 彼を彼として、話しかけてくる者は少ない。 女は歳の割には美しく、大人しそうで、旧皇家のひとつに第二夫人として、嫁いでいる。 給仕からグラスだけをもらい、傾けながら物憂げに笑う。 「……詳細はわかりまして?」 「何の、ですか」 「意地悪をおっしゃらずに」 適度に他の参加者から離れているのを横目に確かめる。 「私が聞いたのは、ギルドの色つき達に、だいぶ苦しめられたという事くらいです」 「そうですの……色はわかりまして?」 「たしか……赤、青、灰、とか」 にっこりと夫人は笑い、一礼して去って行った。 会場の盛況な様子を眺めていると、新皇帝が現れた。まだ若いというのに、そつなく挨拶をこなしている。それは当然とも言えた。元々、優秀な彼が筆頭候補だったのだ……唐突な指名がなければ……。 (リーザは、名乗りをしていない。皇帝名簿には載らない) 彼女は、いなかった者として扱われた。実家の貴族名簿からも、もしかすると名前は消された可能性もある。 在籍した学園でも、痕跡は消されただろう。運良く、仲の良い友人はいなかったから、誰も気にしない。 ひとり、物思いにふけりながら食事を楽しんで、たまに会場の様子を眺めながら、彼は空の青さに目をすがめる。 鳥の羽ばたきが聴こえた。 ゆるく風が吹き抜ける。 食事をする時だけはのんびりと……グラスの酒盃を泳ぐ小さき存在に、彼は片目をつぶった。 パーティ会場周辺がせわしなく、騒がしい様子を横目に──下級メイド達は、旧城砦の片付けと、掃除に追われる。 どうやら旧い館は軒並み撤去し、新しく建て直すらしい。 忙しくて目がまわりそうだけれど、噂好きの娘達の目下の注目は、当然。 「新皇帝陛下、まだ御歳16歳ですって!」 「優しくて、とっても素敵らしいわよー、側仕えが羨ましいわー」 「お目について、お声がかかったりしてね!」 はしゃぎながら、館の奥まで入り、次々とドアを開けて確かめる。 「やっぱり埃まみれだわ、掃除道具の追加とってくる」 「お願い」 部屋数が多すぎて、うんざりしながら残ったメイドは、ふと足を止めた。 「……こんな所に、扉があったかしら」 廊下の突き当たりだ。部屋は左右に並んでいる。首を傾げながらノブを回すと──。 小さな応接間に、本棚がぎっしりと。 「? 書庫? 倉庫かしら……」 誰かに聞こうと後ろを振り返る。あいにく皆、他の部屋だ。 「どうしよ……」 再び小部屋に視線を戻すと、人がいた。ソファに座り、読書中の。 「……!?」 さっきまでは、誰もいなかった。 悲鳴を上げて走った。 慌てて他の部屋に飛び込んだ。 「あー、それはアレよ」 「アレって何!?」 「知らないの? 昔から話があるでしょ。魔法の司書さま」 いわく、大昔。魔法の国があった頃、読書が好き過ぎて図書室から出て来なくなった、魔法使いがいたとか。 たまに、旧い館に突然扉が繋がって、助けを求める者には知恵を与えたとか。 「……」 「話しかけたら、やばかったわよー。何か質問する度に、大事なモノを奪われるんだって!」 「やめてー、怖い話苦手なの」 「私も先輩から聞いた話だから、本当かどうか! しょうがないわね、一緒に見てあげるわよ」 メイドは二人揃って、目撃した廊下へ慎重に向かったが。 「うそ! ドアがない……」 「ないわねぇ。見間違えたんじゃないの?」 「そんな……はず」 廊下の突き当たりは、何もない壁だ。 メイドはしばらく呆然と、古びた壁を見詰めた……。
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