前編

25/32
前へ
/59ページ
次へ
 店内はシンと静まり返り、誰もがこちらに意識を向けて聞き耳を立てていた。マスターも今は静観している。 「浮橋、千鳥は俺のために」 「お前のため? お前のために、こんな見え透いた嘘をついたって? これが俺の姉貴だって、知ってるコイツがか?」 「え……」  咄嗟に千鳥を振り返り、凍てつくような眼差しとその奥に潜む激情に言葉を失った。  ようやく、頭が追い付いた。理解をした。  忌々しそうに睨んでくる意味も。浮橋に一瞥もくれない理由も。  きっと、マスターも分かったのだろう。困ったようなため息がカウンターの向こうから聞こえてくる。おそらく気付いていないのは浮橋だけだ。彼を幼馴染の親友だと豪語する、彼だけ。 「……チィ。言ったよな。俺、しばらくミヤの傍にいられねーから、コイツのこと見ててやってくれって。それがこれか? 俺は、お前だから頼んだんだぞっ?」  千鳥は綺麗な顔を歪めて、皮肉っぽく笑う。視線は頑なに浮橋には向けない。それに苛立ったのか、浮橋が千鳥に掴みかかろうとした。止めたのは深山だ。  これ以上は駄目だと思った。浮橋の腕を掴む。懸命にその上を引き、奥のトイレに彼を押し込んだ。 「おい、ミヤっ?」 「俺が、話をつける。そこにいて」  暗に出てくるなと告げ、深山は千鳥のもとへ戻った。     
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2628人が本棚に入れています
本棚に追加