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これから先、社会に出れば益々周囲は彼を放っておかなくなる。深山たちのいる世界は、そう甘くない。社会に出れば結婚して家庭を築くのが、未だに当たり前の世の中だ。
いつか。重荷になる。
いつか。離れていく。
その、いつか、が来るのであれば、先に手放しておくのが彼のためになるのではないか。
深山は、一人腹を括った。否。括り直した。
「逃げんな」
「……浮橋、もう」
深山の顔色に気付いた浮橋が、深山の細い肩を強く掴んで引き戻す。
勘のいい彼だから、これから深山が告げようとしている言葉にも気付いているだろう。
「俺から、逃げんな」
「浮橋、聞いて。社会は甘くない。特に俺らには。だけど浮橋は普通でいられる。だったら、戻るべきだ。今ならまだ笑い話にできる。たった一年だ。なかったことにしてもいい」
「そんなの、全部、お前の逃げだろ」
「……うん、そうだね。俺は卑怯だから。きっと逃げてるだけだ。だけど、怖いんだよ。俺は男だ。一緒に居続けることで失うことの方が多い」
「お前は自分が女だとしても、きっと同じことを言うよ」
抑揚のない声でそう告げ、浮橋は深山の前に腰を下ろした。冷たい床に胡坐をかき、真っ直ぐにこちらを見上げてくる。
一瞬の沈黙。何をする気なのか、浮橋は揺るぎない顔つきで静かに語り始めた。
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