白亜

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白亜

 季節は移ろい山郷に本格的な冬がやってきた。しんしんと雪がふる。木の枝に降り積もった雪がどさりと落ちる音が聞こえてきた。社の屋根が気になる、雪の重さに耐えられずに落ちるのではないかと気になって仕方がない。出るべきではないと草間は理解していたが外が気になり家にいるのも無理だった。雪を踏みしめ神社へと向う。雪と風は強くなり、行く手を阻む。びょうと拭く強い風にあおられ折れた枝が飛んできた。  「あっ」  足を滑らせ草間は道の下へと落ちた。  「ぐっ、いたっ」  したたか足を捻ったようだ。折れてはいないと思うが立つことさえままならない。このまま一晩ここに居れば確実に草間の短い人生は終わるだろう。  「凍死か、苦しくはないと聞いた。それも良いかもしれん」  目をゆっくりと閉じると草間はゆっくりと身体を横たえた。体温が下がり瞼がだんだんと重くなる。ゆっくりと目を閉じ死を迎え入れる準備をした。夢の中衣擦れの音がする。怖がっていた死は柔らかい肌触りと、仄かな花の香だった。  「お目覚めですか」  声をかけられ自分が生きていることに驚いた。目を覚ましたのは母屋のかたいせんべい布団の上だ。  「ど、どういう」  「ああ、道端に倒れておいででしたので。この辺りに民家は一軒、それでこちらへお連れしました」  「あ、ああ。いや、あの」  「私は白亜(はくあ)と申します」  「助けていただきありがとうございます。今、お茶を……あ、いたっ」  「どうか動かないでください。私に何かできますか?よろしければ、その傷が癒えるまでここに私を置いていただくわけにはいきませんか?」  「しかし」  「帰ったところで誰も待ってはいてくれないのです。天涯孤独の身ですから」  目の前の美しい男ははらはらと涙をこぼした。何故か草間は水琴窟の音を思い出していた。今更誰に騙されることもない、何も失うものもない。少しの間、話し相手がいる日々も良いものかもしれないと草間はその申し出をありがたく受けることにした。
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