第3話(2)

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 言いかけた言葉はキスで奪われる。千尋に強く唇を吸われ、わがままな舌に歯列をなぞられてから、ヌルリと口腔に押し入られる。咄嗟に千尋の肩を押し退けようとしていた和彦だが、それ以上の力で背を引き寄せられ、後頭部を押さえられる。 「んっ……」  賢吾と違い余裕のないキスだが、情熱には溢れている。口腔をまさぐられて舌先を触れ合わせると、それだけで千尋の腕に力がこもる。興奮しているのは千尋のほうだと思うのだが、この直情さは、賢吾を知った今では、より貴重なもののように感じられる。  千尋に促されるまま舌を絡め合っているうちに、車内に微かに濡れた音が響く。急に羞恥を覚えてうろたえた和彦が唇を離すと、千尋が低く囁いた。 「ほら、先生やっぱり、興奮してる」  なんとも答えようがなくて和彦は、千尋の頬を軽くつねり上げる。 「……お前、他に相手を見つけろよ。家のことを知らせずに済む遊びの相手ぐらい、不自由しないだろ」 「純粋に遊ぶだけの仲間ならいるけどさ、こういうことをするのは、先生だけ。俺って意外に硬派なんだよ」  硬派な人間は、父親と〈オンナ〉を共有して楽しんだりはしないだろう。そう指摘したかったのだが、最近の和彦は、たとえ千尋相手でも、思ったことをそのまま口にできなくなっていた。自分の発言が、どんな形で返ってくるかわかったものではないからだ。  千尋が意味ありげな流し目を寄越してくる。     
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